第4話
「……なんだ、お前かよ」
サエリクスの口から出てきたのはそんな言葉だった。助けてもらったことに対する感謝はあれど、彼と彼女の立ち位置は微妙だった。
サエリクスは拉致されてこの世界にやってきたようなものだったし、エリーゼはその首謀者であるフードの男ジュードの手下なのだ。彼女自身はジュードを嫌っているが、妹の身を人質に取られており、彼に従うしかない状況だ。
サエリクスもエリーゼも、このアウストラルにあるオーブを奪取しろと命令されて放り出された。そして、二人でオーブの安置されている大聖堂まで行ったのだった。
だが、サエリクスは別の方法で帰る手段を探し、エリーゼから離れた。置いていかれたエリーゼは、オーブが王都にあることを突き止め単独でここまでやってきた。そして……ジュードと手を組んでいたノレッジ一族の男、サイネールの父親の配下に加わったのだ。
エリーゼには妹と自分の自由のためにオーブが必要であり、だからこそガイエンの手先となっている。サエリクスも地球に帰るためにオーブが必要だった。これまではそうだった。
しかし、今は事情が変わった。
サエリクスはディール、グレイルと合流した。それに聖堂騎士のカイヤやジェレミアとも出会い、グリセルダやサイネールの世話にもなった。今のサエリクスはひとりではないのだ、エリーゼに協力して聖堂騎士を襲い、オーブを手に入れるような、恩義に反することは出来ない。
二人は、互いに黙って見つめあった。
そして、エリーゼが口を開きかけたとき、サエリクスが急に動いた。ぶたれるのではと身をすくめるエリーゼ。見守っていたサイネールも思わず身構えたが、サエリクスの動きは違った。
「せいっ!」
気絶した振りで、攻撃の隙を窺っていた足下の男に彼だけは気づいていたのだ。サエリクスは全力でその男の顔面を靴の裏で踏みつぶした。男の体が大きく跳ねる。勢いよく鼻血を吹いて、男は今度こそ動かなくなった。
あまりの驚きに瓶まで取り落としていたエリーゼに、サエリクスがひと言、
「ここに俺たちが来ること、わかってたのかよ?」
あんな別れ方をしたというのに、以前とまるで変わりない口調で。エリーゼに対する謝罪もなければ責めることもなく。まして恨んでいる様子もない。このまま今すぐ、以前までの軽口を叩けるような関係に戻れそうな、そんな錯覚さえして、エリーゼは何かが決壊したように泣き始めた。
「ばかぁ! 何なの、いきなりいなくなって、また現れて! アンタが来るかなんて、アタシが知るわけないじゃないのさ!!」
自分の胸にいきなり飛び込んできたかと思えば言葉もなく泣きじゃくるエリーゼに、サエリクスはどんな言葉をかけて良いやら分からなかった。それどころか、その背に手を回して慰めてやるような気遣いも出来ない。不器用な男はただただ、彼女が泣き止むのを待つばかりだった。
* * * * * * * * * * * *
サエリクスとサイネールは二人で、まだ息のある男たちを縛り上げていった。彼らはサイネールの手でノレッジ侯爵に突き出されることになる。身内の恥は身内で灌ぐ、というわけだ。むしろ、国に断罪されずに事を治めるにはそうするしかないだろう。
邪魔されないよう、彼らに猿轡を噛ませ、サエリクスはエリーゼの話を聞いた。彼女がオーブを欲する理由をサイネールにも知らせておいた方がいいだろうと、最初の最初から説明させた。
そしてサエリクスたちもエリーゼに事情を打ち明けた。その結果として、フードの男の、ひいてはガイエンの暗躍を阻止するために彼女に協力を得ることに成功したのだった。
「お前さ、こいつらの仲間なんだろ? お前の権限でガイエンの奴らのアジトに入れてくれよ。ここじゃなくて、本隊の。できるか?」
「アジトってのは、ここのことさ。王都にはここしか拠点はないね」
「そりゃあおかしな話だぜ。ここはあんまりにも狭すぎるし、そもそも数が少なすぎだ」
だからこそサエリクスは、本命のアジトが別にあるのじゃないかという推測を口にした。サイネールもそれに同意して頷く。
だが、エリーゼの答えは違った。
「本隊はここにはいないよ。聖堂騎士を襲撃するのは王都じゃない」
「あ、そうなのか? じゃあなんでお前はここにいるんだよ?」
「アタシはただの見極め役さ。王都を出発する聖堂騎士が持っているオーブが本物かどうか、アタシにしかわからないだろ?」
「ふぅん、お前だけねぇ。本当にそうか?」
サエリクスの顔つきが変わる。
「誰かまだ、本物か偽物か見極められるやつがいるんじゃねえのか?」
「それは……、わからない。ただ、ここには、今この王都には、見ただけですぐわかるのはアタシしかいないよ」
首を振りながらエリーゼは言う。
「聖堂騎士を襲撃する本隊は、イスダールにいるんだ」
「ええっ!?」
「……マジか」
サイネールとサエリクスは思わず顔を見合わせた。港町イスダール、それはグレイルたち三人が教授を探すために向かった場所だ。しかもそれは昨日の昼食後すぐのことである。今さら追いつけるはずもない。
「あいつら、無事だろうな……?」
「厄介ごとに巻き込まれてなけりゃいいけどね……」
サエリクスとサイネールは天を仰いだ。イスダールまでは馬車でだいたい六時間程だろうか。早さで言えば馬が一番だが、生憎とサエリクスは馬に乗れない。
「サイネール、お前、馬は?」
「乗れないし、持ってない。グリセルダの屋敷で借りてサエリクスだけ先に行く?」
「いや、俺も乗れねーし。そもそもあの家に馬なんかいなかったぜ」
「そう……」
結局、馬を用意できたとしても誰一人としてそれには乗れなかった。これでは急いでも仕方がない。三人は乗り合い馬車でイスダールへと向かうことにした。
サエリクス「ってかお前がここにいるのはあんまり予想してなかったなー」(すっとぼけた顔)
エリーゼ「……街ですれ違ったとき、見逃してやったじゃん」
サエリクス「見逃してもらったなんて記憶は無い。そもそも何処で会ったんだっけ」(嘘)
エリーゼ「もう、バカ!」
サエリクス「もう、ってお前は牛か」(唇ぐりぐり)
エリーゼ「やめてよ!」(ちょっと嬉しそう)
眼鏡「いちゃいちゃするのやめて?」
サエリクス「そんなのしてねえ」(超真剣モード)
眼鏡「なんなのこの人!」
サエリクス「それにしても、いい加減ツンツンするのやめろよな、エリーゼ」
エリーゼ「フン、だ! アンタが置いてきぼりにしたのが悪いんでしょ!」
サエリクス「ほら、ツンツンだったらここでしてやるから」(鼻の頭ツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツン)
エリーゼ「もうやめてよ~、痛い~」
眼鏡「僕の前でいちゃつくのやめてください」
サエリクス「だーかーら~、いちゃついてねーっつんだよガリガリ眼鏡!!」
眼鏡「これでいちゃついてないって言い張れると本気で思ってるんですか~!? いい加減にしないと怒るよ! 僕は独り身なのに!」
サエリクス「俺だって独り身なんだよ」(メガネを取る)
眼鏡「返せよ~!」
カタカタ
|| ̄ Λ_Λ
||_(Д`; ) 「なに?この流れ・・・」
\⊂´ )
( ┳'