第3話
「ちょ、ちょっとサエリクス! なにやって……!」
「た、助けてくれぇ! 襲撃だ!!」
「ああっ、やっぱり……」
慌てて止めようとするサイネール。解放された男は彼の予想通り、一目散にアジトの方へ走り出していた。
木製の立て付けの悪そうな扉へ男が縋るようにして辿り着くのと、サエリクスが追いついて飛び蹴りをかますのがほとんど同時だった。
「……とうっ!!」
「ぶべっ!」
扉ごと中へ飛び込んだサエリクスは、ざっと室内を見回した。そこには椅子から立ち上がろうとして中腰になっていた四人の男と、硬貨が山積みにされた丸テーブル、右へ抜ける空間。
サエリクスは迷わず一番近くにいた男を椅子ごと蹴飛ばした。
「ぐわっ!」
「テメ、なにもん……ぐがっ!?」
頭から落ちて悲鳴を上げる男、誰何しようとして拳が鼻に突き刺さる男、あっという間に二対一にまで減り焦る男……。サエリクスは三人目の男の肩を掴むと、容赦なく何度も膝をめり込ませた。
「おっ、ごぅ……!」
たたらを踏む三人目はすでに半分意識が飛んでいる。そこへ、
「くそがぁ!」
「!」
降り下ろされる椅子。サエリクスはそれを器用に三人目の男を盾にして防いだ。飛び散る木片、崩れ落ちる男。先に蹴り倒した男と、殴り飛ばした男が立ち上がってきてこれで三対一だ。足だけになってしまった椅子を両手に持ち、男がニヤリと笑う。
サエリクスは咄嗟に後ろへ退がり、放りっぱなしにしてあったモップを手に取った。手刀でスコンとモップ部分を落として棒だけの状態にし、その棒も真ん中から二つに折って手頃な武器にする。
無言で構えるサエリクスに、三人の雑魚は目配せをすると一斉に襲いかかってきた。
「や~~~!」
「おりゃあ!」
「くらえぁっ!」
一人は即席の短い棍棒二刀流だが、残り二人は素手のままだ。もちろんそんな素人戦術でサエリクスと渡り合えるはずもなく。
サエリクスは真ん中の一人を瞬く間に滅多打ちにし、くるりと背を向けた際に残り二人の顎先に棒を当て脳を揺らした。呆気なく三人が倒れ、サエリクスは息を吐いた。
「さてと。あと何人だ?」
ヒビの入ったモップの柄を放り捨て、入り口から右へ抜ける戸口をくぐる。
「うりゃあっ!」
瞬間、掛け声と共に振り下ろされた剣を、サエリクスはすんでのところで体を後ろに引いて避けた。
ガッと煉瓦に埋まる剣先。サエリクスは入り口の壁に掛けていた両手で体を強引に戻し、その剣を思いきり踏みつける。得物を引っ張られた格好になった襲撃者は無様にたたらを踏み、そこへサエリクスの握り込んだ拳が顔面を打つ。
「うぶっ、ごっ! ぐぁっ……」
瞬きひとつする間に、鼻っ柱、喉、心臓と、急所に三ヶ所連打を受けた男は、そのまま絶命し頽れた。
だが、それで終わりではない。剣を手にしていた男がいたのは二階へ続く粗末で急な傾斜の階段だったが、そこから二人、そして部屋の奥から三人の男が手に手に武器を持ってサエリクスに迫る。
(チクショウ、数が多いな……)
五対一、確かに多勢に無勢だ。しかし部屋は狭く、幸い位置的にも囲まれるような場所ではない。サエリクスはまたも体を引いて、戸のない入り口で迎撃を試みた。ここならば、なだれ込まれることもなく戦える。
足場は良好、体は温まっている。保護グローヴがないのは痛いが、革の手袋を着けているので少しはマシか。サエリクスはボクシングの構えを取り、軽快に体を揺すった。
「もぐら叩きの時間だぜ!」
サエリクスは嗤った。
こちらに突き入れられる攻撃を避け、反撃を入れる。相手の腕を取って捻ってその隙に拳を叩き込む、蹴り飛ばす、相手の体を武器にしてさらに向こうの敵を倒す……やりたい放題だ。
サエリクスに二人がやられ、このままでは埒が開かないと悟ったか、奴らは二手に別れた。そのままサエリクスを攻撃する二人と、建物の外から背後に回ろうとするひとりだ。
さすがのサエリクスも挟まれると危ない。
とにかく目の前の二人を片付けねばと拳や掌底を繰り出すが、手数に押され決め手に欠ける。
「ぐぅ……!」
焦りに流されてはいけない、そう分かっていながらもサエリクスの心中は荒れていた。
心の揺れはそのまま技に出る。強引に男たちを下したは良いものの、背後の気配に気づいたときには一瞬遅かった。
(マズイ、やられるか……!!)
迎撃も、回避も、そのどちらとも手遅れだ。
覚悟を決めたサエリクスだったが、衝撃はやってこなかった。
何か重いものが床にぶち当たる音が耳朶を打つのと、サエリクスが振り返るのは同時だった。
「エリーゼ……」
そこにいたのは瓶を手に肩で息をしている若い女だった。彼女の仲間だったろう男はナイフを取り落とし、床の上で身動ぎもしない。
「サエリクス、大丈夫……!? って、えええ? 何この状況!」
扉の外れた玄関からはサイネールが顔を覗かせ、状況はますます何とも言い難いものになっていく。
上を仰ぎ、二階の物音が聞こえないことを確認したサエリクスは、ゆっくりと拳を下ろした。