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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター7:突撃軍団Aチーム
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第1話

 グリセルダたちが港町イスダールへ出かけている間も、ムートを始めとしたリスタールの使用人たちは屋敷に残りその清掃と保全に努めることになっている。そこでサエリクスはグリセルダからの勧めもあって、ありがたくこの屋敷を拠点として使わせてもらうことにした。


 もちろんサイネールも一緒だ。これにはイマイチ信用しきれていないサイネールを見張るという目的もあり、加えていつどうなるか分からない彼の身の安全を守るという意味合いもあった。


「約束通り、俺たちに協力すりゃあ助けてやる。俺はお前の行動を見てるからな」

「ご自由に。信じてもらえないと思うけど、僕は僕で父親には恨みがあるんだ。……僕を『出来損ない』だと言い、援助もなしに僕たちを放り出した。母が早死にしたのはあの男のせいだ」

「……そうかよ」


 イタリアの男は家庭を、特に息子を大切にする。サエリクスはまだ会ったこともないサイネールの父親を心の底から軽蔑した。


 同時に、青年への評価も少し改めた。荒事は不得意だろうに、半ばグレイルに脅された形とはいえ協力する姿勢でいるのだ。できるだけ守るつもりではいるが、多勢に無勢ではそれも叶わない。それを承知でここにいる彼はなかなかに肝っ玉の大きい男だ。


「よし、じゃあ早速ミーティングだぜ」

「うん!」






 * * * * * * * * * * * *






 地図と照らし合わせながらの打ち合わせが一段落ついた頃、執事のムートが現れてサエリクスに風呂を案内した。現代からやってきた彼には身につかない文化だが、この世界では、入浴は日が高い内に済ませることになっている。


 この時代、この場所では、浴槽のついた入浴専用の部屋はまだまだ富裕階級の特権である。広い浴室に案内されミントの浮いた湯に浸かりながら、サエリクスは全身がほぐれていくのを感じていた。


(悪い意味で緊張感が薄れちまうな……)


 野宿の間は野性的な感覚が研ぎ澄まされていたせいか、いつどんな事態が起こっても対処できるように心構えができていた。しかし、ここへ来てから温かい食事と隅々にまで渡る気配りを受けているうち、それが鈍っていくのが自分でも分かっていた。


 だが、それはそれとして何日かぶりに湯船に浸かり、旅の垢を落としたことでサッパリした。用意されていたバスローブを身に着け、サエリクスが割り当てられた部屋へ戻ろうとしていると、呼び止める声があった。


「何か用か?」


 食堂横の歓談室で寛いでいたのはサイネールだった。彼は長旅で疲れていたサエリクスに風呂を譲り、自分は夕食前に軽く一杯やっていたのだ。サイネールは酒瓶とグラスを掲げて見せた。


「お疲れ様」

「酒でも呑めってのか?」

「うん。少しつきあってよ」

「まぁ、たまにゃ良いか……」


 何の気なしにサエリクスはつきあうことにした。彼の鼻孔をくすぐるのは懐かしいニガヨモギの香り。イタリアではよく出回っているベルモットのような酒に郷愁を誘われたこともあったかもしれない。


「お前も呑むんだな」

「時々ね。……明日からきっと、ゆっくりなんてしていられなくなるだろうから」

「へぇ……」

「あ、他にも色々置いてあるから、好きに飲んでいいってさ」

「いや、これで良い」


 隣のスツールに腰かけると、サイネールがグラスにワインを注いでくれる。それを見ながらサエリクスは漠然と「この旅もそろそろクライマックスに入っていくのかもな」と考えていた。


「なんか、最初は僕、どうしてこんなことにって思ってたけどさ……むしろ巻き込んだのはこっちなんだよね、よく考えれば。だから、悪いとは思ってるんだよ貴方たちに対して、さ」

「おう、そうだな」


 「巻き込まれた方の身にもなってくれや」、とサエリクスは酒を一気に呷りながら呟く。


「まー、とりあえずこれから先の事を話し合おうじゃねえか。そうしなきゃ何も進まねえ」


 そう言いながらもう一杯酒をグラスに注ぐ。ペースが速い。


「う、うん……大丈夫……?」

「大丈夫大丈夫。もーまんたいもーまんたい」


 中国語も交えつつ、おどけて見せるサエリクスだが、次第に雰囲気が変化していく。サイネールはなんだか不穏な空気を感じ取っていた。


(あれ、これ……ダメなやつじゃない?)


 サイネールの予想は当たっていた。酒を呑んで身の上話をするサエリクスはどんどん饒舌になり、そしてそれに比例して話の整合性は取れなくなっていった。


「……っでよぉ、ジェイノリーって奴がドラゴンが夢に出てきて最近うなされてるって言うんだけど、俺だってドラゴンにうなされてた時があってよぉ……」


 クダを巻きつつサイネールの膝に突っ伏して泣くサエリクス。実はこの男、生粋の泣き上戸である。


「ええええ……」

「ぶふぉえっふ……お、っおお……どぅっふぉ……おぅ……俺だって人間だよ……精一杯生きてんだぜ……なのに何で栗山は俺に「人間失格」なんて本を渡すんだよ……げっへぇ……」


 泣きながらえずくサエリクスは迷惑以外の何物でもなさそうである。いや、ない。

 すっかり威厳を無くしてしまった軍人相手に、サイネールは苦笑いしながらも誠意ある行動をとった。サエリクスが酔いつぶれるまで話を聞いてやり、最後は部屋まで連れて行ってやったのだ。

 

 あんな断片的な話からでも、彼が良い仲間に囲まれているのが分かる。こんな無理やり連れてこられた世界、早く帰りたいに違いない。しかも悪の片棒まで担がされそうになって……。できることなら、すぐにでも彼を元の世界に戻してあげたいものだとサイネールは嘆息した。


 どんな魔術も効果がないというマレビト……その正体はまったく普通の、それどころか善良な人間だった。彼らを利用して聖堂騎士に突っ込ませ、怪我をしようが死のうが目的さえ果たせれば構わないようなガイエンのやり方には反吐が出る。もしもオーブが必要だというのなら、聖堂騎士の持つ‟太陽の雫”以外にもオーブはある。


「いや、よそう。まだ駄目だと決まったわけじゃない」


 サイネールは頭を振って自分も部屋へ戻った。

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