第9話
「まず、オーブが奪われるのだけは防がないといけないだろう。エリーゼとノレッジのグループを仮にガイエンと呼ぶことにしたんだが、そのガイエンの勢力について調べて、襲撃を阻止しなくちゃならん。だろ、サエリクス」
「当然だな。俺はあいつらの動向を追う。んで、最終的にフードの男をぶちのめして地球に帰る……!」
グレイルの言葉にサエリクスが拳を打ち鳴らす。サイネールも横で頷いた。彼もまた同じく、ガイエンの野望を阻止しなければ将来を奪われるのだ。
「グレイルもサエリクスと一緒に動くのか? 私はどうしたら良い?」
「いや、俺は教授を探す。サエリクスを手伝っても良いんだが、さっさと帰りたいからな。別口での帰還手段も探しておくべきだと思う」
「道理だな」
「だからお前も手伝ってくれ。教授の顔を知っているのは、この中じゃお前と眼鏡君だけだからな」
「わかった!」
グリセルダはニッと笑い、グレイルと掌を打ち合わせる。バチィンと小気味の良い音がした。
「それで、ディールはどうするんだ?」
「俺は……」
せっかくこうして再会できたのだから、ディールとしては別行動をするのではなく三人一緒に固まっていた方が良いと思うのであるが……サエリクスとグレイルのやるべき事が違うのなら仕方がない。
マイペースなワガママ男は、自分自身がそうであるだけに「他人を変えることはできない」ということを知っている。とはいえ、黙っておくのも気持ちが悪いので言うだけは言っておく。
「三人で固まって動くのが一番だと思うがな」
「えっ」
「お」
「あ?」
「じゃあ、どう分けるんだ、ディール」
全員から注目され、ディールは肩をすくめた。
「別に。もう行動は決まってるんだろ。俺は意見を言っただけ、お前らが分かれるならいつも通りグレイルについていくだけだが」
「まったく……。それじゃ、俺とお前とゴリラ、サエリクスと眼鏡君だな。こっちはお前のY34のことも考えて帰れるルートを探そうとしてるんだぞ? ゴリラの家にバックアップしてもらってガイエンに乗り込むにしても一番気にかかるのはやっぱり車だからな」
「そうか」
会話が途切れたタイミングで、執事のムートが昼食の案内をしにやってきた。
おそらく事情も会話も筒抜けなのだろうが、彼は決してそれを態度に表さない。主人であるグリセルダの意思を尊重しており、その心身に危険が及ぶギリギリまでは口出しを控えているのだろう。ムートの献身があってこそのグリセルダなのだ。
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最初のうちは誰もが無言だったが、温かい食事を腹にしたためるほどに口の方も軽くなっていった。それは特にサエリクスとサイネールに顕著で、これからの動きについてああだこうだと話し合っている。
「だから、宝珠を掠め取ろうとしないでってば! そもそも、聖堂騎士たちが宝珠を運んで帰るときに襲撃を受けることそのものがマズイんだって!」
「だ~ら、返すって。フードの野郎に会いに行くのにオーブが必要なんだよ。あいつに渡すわけねーだろ」
「国外に持ち出さないで、お願い! っていうか、偽物でもいいじゃない、要するにフードの男に接近するまで隠し通せればいいわけでしょ? 普通の人間には見分けられないよ、どうせ」
サイネールの言葉に、サエリクスはミートボール・パスタを食べる手を止めて宙を睨んだ。
「……やっぱダメだな。エリーゼにはオーブが本物か偽物か区別がつく。儀式ってやつのためにオーブが移動してたとき、大聖堂にあったダミーを見てあの女は一発で見抜いたぜ」
「うわ、それは厄介だなぁ……。それって完璧に彼女が識別役じゃない。貴方ひとりでガイエンに戻ったって相手にされないよね?」
「よし、あの女を見つけたら、ぶん殴って気絶させて、オーブの偽物と一緒にガイエン国に連れて行こう」
「ちょ、説得するって考えはないんですかね!?」
「説得しても無理だろ。あいつ、頑固そうだし。船酔いでダウンしてるって説明しておねんねしてもらってた方が楽だぜ」
「ま、まあ、その辺は任せるよ。頑張って……。どうせ僕は戦えないしね」
二人は食後にさっそく地図を見ながら作戦会議をすることにした。新コンビ結成である。
エリーゼたちガイエン勢力はどこかに拠点を構えて戦力を整えているはずだ、とサエリクスは主張する。専門とは違うがそういった方面の知識がないわけではない、サイネールの持つ情報と重ね合わせれば、かなり範囲が絞り込めるだろう。
「俺たちはどうする?」
「そうだな。どうするんだ、グレイル」
ディールとグリセルダの問いかけに頷いてみせるグレイル。大ぶりな貝のソテーを切り分けながら、逆にグリセルダに質問をした。
「ディールたちと合流する前、元々俺たちはどうしようとしてたんだった?」
「……王都には手がかりがねえから、二つあるうち近い方の港町、イスダールへ行こうとしてた?」
「そう、それだ。よく覚えてたな、お前」
ペンで指し示すようにフィッシュナイフをグリセルダに向けると、ゴリラ女はムッとした顔をした後、ふいと顔を背けた。
「人にナイフを向けるな。行儀が悪いぞ、グレイル」
「おう。すまんすまん。というわけで、俺たちはイスダールに行くぞ。向こうで何泊かしてお前たちを探すつもりだったんだ。遅くなっちまったが今から出よう」
「俺は構わないぜ。どうせ荷ほどきなんてしてない」
「私もさっきの旅行鞄がそのままだ」
「じゃあ、決まりだな」
グレイルたちの行動もこれではっきりした。目的は港町イスダール、消えたサビーン教授の足取りを追う。地球に帰る手段を探すための具体的な行動がここへ来てようやく取れるようになったというわけだ。