第8話
ディールとグリセルダが戻ったとき、応接室では三者三様の有り様だったが、無言で重苦しい空気であった。
「何があった?」
「いや、何かあったと言うよりは、わかったと言うべきか……」
「言ってる意味がわからない」
グレイルに尋ねてみても要領を得ない言葉が帰ってくる。ディールはとりあえずソファに腰かけてグレイルからの説明を待つことにした。
グリセルダはというと、グッタリしているサイネールに絡みに行っていた。尋問も終わり、彼はきちんと解放されている。
「よう、サイネール。どこ行ってたんだよ~、帰ったかと思ったぜ。さっき、ディールの車に乗せてもらったんだが、すっげぇぞ、あれ。サイネールならきっと気に入ると……」
「グリセルダ」
「ん?」
ソファに肘をついて雑談を始めたグリセルダを、サイネールはやや据わった目で見上げる。
「君ってば、本当に厄介な人間を拾ってきてくれたよね」
「えっ」
「おい、眼鏡君よ。現実逃避したって始まらないだろ? 自分もキッチリ当事者なんだ、いい加減腹ァくくれよ」
「ぐぅ……!」
グレイルの横槍にサイネールはうなだれた。グリセルダへの八つ当たりもしっかり見抜かれていた。
「つまり、どういうことなんだよ?」
「まあ座れ。これから、サエリクスと俺とサイネールで情報交換して見えてきたことをまとめて話す。ぶっちゃけるとお前は完全に巻き添えだが、運が悪かったと思って諦めろ」
「本当にどういうことなんだよ……」
困惑するグリセルダを置き去りにして、グレイルは話し始めた。
「まず、ここにいる全員が知っていることだが、俺とディール、サエリクスは異世界人だ。俺自身は確かめていないしするつもりもないが、この世界の武器、防具は使えないし俺たちに魔術は効果がない。役に立つか立たないかは別にしてな」
「ああ、そうだ。俺は確かめた」
「俺も」
グレイルの言葉にサエリクスとディールが同調し、グリセルダは頷いた。グレイルは全員の顔を見渡し、言葉を続ける。
「本題だが、サエリクスをこの世界に呼んだのは、ガイエン国の男だそうだ。強大な術者は希少らしいからな、まあ、そこそこ身分のある野郎なんだろう。そして、そいつはサエリクスを元の世界に帰す条件としてオーブを奪って来いと言った。しかもそいつの部下のエリーゼって女はここから西の大聖堂を名指しされたらしい。サエリクスは女と二人で旅をして大聖堂まで行った」
「ガイエン……。オーブってまさか、大聖堂の宝珠のことじゃないだろうな? あれは誰にでも扱える代物じゃないが、使う者によっては国の興衰すら意のままにできちまう劇物だぜ。しかもこんな……喧嘩売ってんのかガイエン。サエリクス、てめぇも良い様に使われてんじゃねぇよ!」
「あ? 誰が?」
「落ち着け、まだ続きがある」
ガタッと勢い良く立ち上がるグリセルダと、ゆっくり体を立たせるサエリクス。今にも互いにヘッドバットをかましそうな二人の間に、グレイルが文字通り割って入る。
「言っとくが俺は盗んでねーぞ。隙を見て、監視を振り切ってここまで来たんだ。……ったく、グレイルがお前は使えるって言うから見逃してやるんだ。命拾いしたな、ゴリラ女」
「んだとぉ!」
「座れ」
「……チッ」
「まったく、血の気の多い野郎どもだ」
グリセルダの「私は女だぞ!」という抗議は無視して、グレイルの話をサイネールが引き継いだ。
「アウストラルに宝珠は二つある。ひとつは聖堂騎士が守る大聖堂の‟太陽の雫”、そして北の廟でノレッジ侯爵家が保管している‟月の涙”だ。今はどちらも王都にある。王妃のお腹にいる王太子が無事に産まれてくるよう出産祈願の儀式に使うんだ。
けど、どうして奪取が難しい大聖堂の宝珠を狙うのか……それは、恥ずかしいことに僕の父親が噛んでるからみたいなんだ。エリーゼって女が僕の父の手下と一緒にいた理由は、彼らが手を組んでいるからという以外に考えられない。だって、あのごろつきたちは父の私兵なんだから、父の命令以外は聞かないからね」
ノレッジと言えばアウストラル王国唯一の侯爵家であり、代々の王の右腕とまで言われてきた。近い内にノレッジ侯爵の孫娘が第二王妃として召し上げられることになっており、盤石な地位を築いていると言える。だが、そこは大きな家のこと、ノレッジは決して一枚岩ではない。サイネールの父親は欲を掻いたか、宝珠を手土産に他国の中枢に食い込むつもりの様だった。
「……ヤバいじゃねぇか」
「ヤバいんだよ!! どうせ身内に瑕疵を作りたくなくって大聖堂の宝珠を狙うんだろうけど、聖堂騎士になんて勝てっこないのに! 襲撃なんてして大事になったら、僕も処刑されちゃう……」
「ついでにサエリクスもな」
「……芋づる式にグレイルも、ディールも、な。そんで、お前もだ、ゴリラ女」
サイネールは深く深くため息を吐いた。グレイルとサエリクスもしかめっ面だ。
「なんで私まで処刑されるんだよ」
「そりゃ、エリーゼって女がサエリクスを巻き込んで自白するに決まってるからだろ。サエリクスが犯人にされちまうなら俺だって巻き添えだ。んで、俺を拾ったお前もそうだろうがよ。それとも何か? お前なら処刑を回避してもらえるよう、国に執り成せるのか?」
「無理だな」
「即答かよ……」
キッパリと否定するグリセルダを見て、サエリクスは肩を落とした。
「冤罪で処刑されるのは困る、リスタールの家名に泥は塗れない。それに、ガイエンの策略だか何だかわからないが、この国が荒れるのは嫌だ。これからどうする。何か案があるんだろう、グレイル?」
グリセルダにまっすぐ見詰められ、グレイルはおもむろに口を開いた。