第6話
「さてと、邪魔者はいなくなったな」
「お、おう……」
笑いながらそう言うグレイル。端から見るとただのド外道である。さっさと先を行くグレイルに、サエリクスは引け腰になりながらもついて行った。
情報を共有するにしてもひたすら時間が惜しい。「できるだけ長引かせてくれ」とは頼んでみたが、どこまで引っ張れるかは分からない。ならばまずは厄介ごとから始末するべきだ。グレイルはそう考え、サイネールを転がしておいた部屋に戻った。幸いにもムートには気づかれなかったようだ。
「で、だ。どうなってんのか聞かせてくれよ、グレイル。場合によっちゃお前……」
「まあ待て。情報を整理しよう。眼鏡君が起きて騒ぐ前に伝えておかなきゃいけないことがある」
「ん~?」
足元に転がる、意識を失った若者を見下ろしつつのこの会話である。
グレイルをこんな凶行に狩り立てるからには正当な理由があるのだろうが、グレイルがヤるときはヤる男だと知っているからこそきちんと聞いておかなければならないとサエリクスは思う。ヘルヴァナールへのトリップ、あの困難を共に生き抜いた仲間とはいえ、完全に頭から信じられるわけではない。それが人間というものだ。
「落ち着けよ、サエリクス。こいつはお前と因縁のある女のバックにいた、ノレッジって一族なんだ。あの場で自由にするわけにはいかなかったから連れてきた」
「ふぅん? まあ、確かにそれなら俺でもこうする」
「加えて、こいつは俺たち異世界人についてよく知ってた。この世界じゃマレビトと言うんだったか……まだ俺がそのマレビトだとバレちゃいないが、見つけたら何かしら利用するというようなことを言っていたんだ。人体実験なんかされちゃたまらない」
「へぇ。んじゃ、じっくり聞かなくっちゃな、この寝たふり小僧によ」
サエリクスがポキポキと指を鳴らすと、サイネールの肩がビクリと震えた。実は二人が部屋に入ってきた時から起きていて、様子を伺っていたのだった。
「ま、待て! 待って……くださいっ! 僕は貴方たちに危害なんて加えるつもり、ないですっ!」
「…………」
「…………」
「本当だってば!」
グレイルとサエリクスが無言で顔を見合わせるのを見て、サイネールは悲鳴を上げた。
「ほどけよ! くそっ、あのバカ女っ、グルだったんだな!」
「違うが」
「だったらなんで助けに来ないんだよ! あいつの家だろ、知らないわけないじゃないか! あっ、まさかお前たちあいつに何かしたんじゃないだろうな? この人でなし! 鬼畜!」
「うるせーなー。あんまり騒ぐんじゃねえよ、お前のカノジョは出かけてるだけだっつーの」
じたばたともがくローブの青年。サエリクスはヤンキー座りでその側にしゃがみこみつつ冷めた目でそれを眺めていた。尋問と後始末はグレイルにお任せという態度である。
「誰がカノジョか! うううっ、こんな所で死にたくない~!」
「死にたくないなら騒ぐな」
「グレイルっ! お前、よくも僕にそんな口を……!」
がこんっと大きな音を立ててサイネールの目の前に鉄の兜が落っこちてきた。思わず萎縮する青年をよそに、グレイルは自分で投げたそれを拾い上げた。
「取引といこうじゃねえか、眼鏡君」
「と、取引ぃ!? よくもぬけぬけと……!」
「まぁ聞けよ。俺としてもお前さんの命まで奪いたくはないんだ……ゴリラが絶対うるさいし。けど、どうやらお前さんには人の話を聞かない、悪い癖があるらしい。だから縛ったままにさせてもらうぜ。
加えて、さっきも言ったように俺たちはマレビトってやつで、魔法じゃ傷は治らねえんだ。お前さんを警戒するのもわかってもらえるよな?」
「…………」
「そこで、取引だ。俺たちの目的は五体満足で元の場所に帰ること、それだけだ。いいか、五体満足でだぞ? だから、お前さんの実験にはつきあってやれないし、解剖なんかされたくねえ」
「待ってよ、誤解だ!」
サイネールはグレイルの抑えられた声音から怒りを感じ取り、慌てて無実を訴えた。
「確かに、僕はマレビトを見つけたら協力してほしいことがあったよ。でも、それは解剖とか非道な研究とか、誓ってそんなことのためじゃない!」
「じゃあ、何のためだよ」
「それは……! とにかく、違うんだ。信じてくれ」
「……いいだろう。とにかく、最後まで取引の内容を話すぜ。お前さんには俺たちが無事に帰れるよう協力してもらう。俺たちには情報が必要だ」
「じょ、情報って?」
「ノレッジの動きについてだ。さっきのごろつき連中が何をするつもりか、どんな連中なのか、知らなくちゃいけないみたいだからな」
「わ、わかった。協力すればいいんだね?」
「ああ。情報も、それ以外もな。ちなみに、嘘はつくなよ。自分可愛さにでも嘘をついたら……こうなるぜ!」
「ひっ!?」
ガヅンッとすごい音がして、グレイルが持っていた兜がへこむ。突き上げた右膝に両手で兜を降り下ろしたのだ。踵、肘、膝は人体の部分において特に固い。思いっきり叩きつければバイクのヘルメットすら割れることもあるくらいなのだ、鉄の兜もベッコリだ。
「ちなみに、やっぱりお前が向こう側のメンバーだったってわかった場合も同じ目に遭わす」
「そんなっ!」
サエリクスのだめ押しにサイネールが青くなる。
「お。やっぱそうなのか?」
「違う! 違うけど無実の証明しようがある!? これ!?」
「違うなら別にいい。お前さんの協力と引き換えに、お前さんの身の安全の保証と、それから、気が向いたらお前さんの目的のために協力してやる。それでどうだ、サイネール・ノレッジ」
「……構わないよ。貴方の名前も教えてよ、グレイル。それだけ頭が回るんだ、家名も無いような生まれじゃないんだろう?」
「カルス、だ。グレイル・カルス」
「わかった。取引成立だ、グレイル・カルス。今から僕らは仲間だ、いいね? ……というわけで、この紐、ほどいてくんないかなぁ」
「それはダメ」
「え~~?」




