第5話
結局、五人でぞろぞろと歩いて行くことになった。近いのだから当たり前ではあるが、王都の一等地では少し……いや、かなり目立つ。ゆるやかに坂を上って流麗なフェンスに囲まれた邸宅が立ち並ぶ一角に、彼女の住まう屋敷もあった。
グリセルダは執事のムートに茶の用意を言いつけると、彼らを応接室へと誘った。各自、椅子やらソファやら、好きな場所に陣取る。グレイルはサイネールがトイレに向かったタイミングで、応接室に戻る途中の彼を気絶させてその辺の部屋に放り込んだ。
「悪く思うなよ。眼鏡君」
自分たちが異世界人だということがバレたら、どのみち彼とは対立しなくてはならなくなる。それが少し早まっただけのこと……実験材料にされるのは御免だった。
それに、車のことを知られるのも都合が悪い。エリーゼと一緒だったノレッジの手先ことも聞きたかったし、とにかく、彼とはもっと詳しく話し合いをしなくてはならないだろう。適当な紐で縛って逃げ出せないようにして、グレイルはそしらぬ顔で応接室に戻った。
「あれ、サイネールは?」
「さあな」
能天気なグリセルダは「そうか、帰っちまったか」と肩をすくめた。そこへムートがティーセットと軽食の乗ったワゴンを押して戻ってきて、一人減って三人になった客人と主人のグリセルダにハーブティーをサーブしていく。
ムートがいるせいでなかなか本題を切り出せない三人を前に、グリセルダだけが平然と焼き菓子をパクついていた。
「まぁ、聞きたいは山ほどあるが、まずは一番わかりやすいヤツから済ませるか……。ディール、お前Y34のキー、持ってるか? なぜだか知らんが、俺と一緒にこっちにあった」
「え、俺のセドリックが?」
思わず聞き返してしまうのも無理はない。グレイルのY34は代々木のパーキングエリアに停めており、影に巻き込まれてこっちの世界に来たときには近くになかったのだから。
「しかも俺じゃなくて、どうしてディールと一緒にあったんだろうな」
「さあな。とにかく、ここの馬車を入れるスペースに運び込んでもらったから。実際に触って確かめたいだろ? 今から行くか」
「ああ、そうさせてもらう」
ディールがポケットから取り出したキーを片手に立ち上がると、グレイルはグリセルダとサエリクスにも声をかけた。
「お前たちも来るだろ?」
「ん、ああ……」
「もちろんだ!」
どっちがどっちの返事なのかは解説するまでもないだろう。
* * * * * * * * * * * *
「あー、やっぱ俺のセドリックだ」
ガレージに案内されたディールは、さっそく埃除けの幌布を取っ払って歓声を上げた。そして、セドリックの黄色い車体を一周して傷や凹みが無いのを確認していく。
「どこか壊れてないだろうな……」
外見上問題はなくとも、心配になるのはメカニカルトラブルだ。エンジンや足回り等を確かめるべく、セドリックに乗り込み、エンジンをかけるディール。きちんとセルが回って心地よい音が響く。運転席側のすぐ横に立ったグレイルも満足そうに頷くが、足回りはどうだろうか?
「ちょっと煙出すぞ」
「程々にしておけよ」
「煙って?」
「見てればわかるさ」
何の事かさっぱり分からないサエリクスの目の前で、FRレイアウトらしく後輪だけを空回りさせて白煙を出し始めるディール。グリセルダが「おおおっ」と感極まった声で目を輝かせている。
「……うん……まぁ、大丈夫かな」
610馬力のパワー故に白煙もすさまじくなってきたところで、火事と間違われない内に止めるディール。どうやらトラブルは無さそうなので、これでひと安心である。
ディールとY34型セドリックのつき合いは長い。日産の高級車と言えばシーマが有名だが、Y34型セドリックも同じく日産の大型セダンとして名を馳せた。兄弟車のグロリアと並んで「セド・グロ」と呼ばれ、タクシーやパトカーにも採用された経歴を持っている。
1999年、車を持つことにしたディールはセドリックを新車でポーンと購入した。この車をチューニングして速く走る、というのはよほどの物好きしかいないのだが、ディールの場合は違った。普通のスポーツカーよりもセダンが好みだっただけだ。
のめり込んだ物には気前の良さを発揮するディールは、一度に沢山のパーツを買うほどクルマに熱を上げていた。だが、当時所属していたチームが解散すると、彼も「走る事」に対して冷めてしまい首都高を降りてしまった。
それから5年後の2006年、今のチームリーダーの坂本淳に誘われてディールは首都高に復帰した。その際、スポーツカーに乗ってみようとR32のGT-Rを購入してはみたのだが、やっぱりセダンが自分の性に合っていると感じた。そんなわけで、そのR32も売り払って再びセドリックで首都高を走り込む毎日だ。
そんな経緯で購入した二台目のセドリックは、一台目の時と同様にやや暗めの青でオールペンされている。あまり派手な外観を好まないディールはエアロもパーツも控え目でIMPUL製、俗に言う「羊の皮を被った狼」状態の外装に仕上げてある。
「なるほどなぁ。異世界の事情はよくわかんねぇけど、なかなか面白い話だったぜ!」
グリセルダに請われるままにつらつらと取り留めのない話をしたのだったが、存外に彼女はそれが気に入ったようだった。しかし、話を総括しての「つまり、お前は変わってるんだな」という言葉には異議を唱えたいところだ。
「いや、お前の方が変わってるだろ」
「そうか?」
ディールに言わせれば見た目も中身も破格なのはグリセルダの方である。
「なぁディール、この車に私を乗せてくれないか? 頼む!」
「……べつに、良いけど」
「本当か! よっしゃ!」
「そりゃあいい、しばらくドライヴしてこい」
意外にもディールのお許しが出たこともあり、これが好機とグレイルは二人を送り出した。