第3話
王都に着いてすぐ、ディールとサエリクスの二人が目指したのはリスタール伯爵の邸宅だった。ここアウストラル王国の中でも古くからあり、また有力な貴族であるため、当然のように王国の一等地にも屋敷を構えているのだ。噂のジェレミアの姉はそこに一人で住んでいるらしい。
「出かけてなきゃ良いがな」
「ま、そこは運次第だろ。いなくたって、待ってりゃ帰ってくる」
リスタール宅の門扉を叩くと、出てきた女が少し困った顔をして言った。
「それが、ついさっき出ていかれたばかりなのです。港町のイスダールまでお出かけで、三日ばかり帰っていらっしゃらないご予定でして……」
「んなっ!? どうする、ディール」
「ついさっきなら、追いかけるしかないだろ」
「乗り合い馬車の時間がありますから、きっと追いつけると思います。この大きな道をまっすぐ進んでくださいまし」
二人は荷物を放り出すと、示し合わせたわけでもないのに同時に走り始めた。
「っくしょ、ここまで来て……全力疾走する羽目になるとはな!」
「まったくだ!」
馬車が二台すれ違えるほどの大きな道は、両脇に一段高い歩道が設けられている。歩行者が車に撥ねられないようにとの工夫だろうが、何にせよ狭い。二人はそこを走らず、石畳の道路を駆けて行った。
500メートルは走ったろうか、そろそろ脇腹が痛みだす頃、遠く視線の先に馬車に乗り込む人の群れが見えた。その中に鮮やかな水色と黄緑。
「グレイル!」
ディールの叫びは、ちょうど向かいからやって来た馬車の音に掻き消された。すんでのところで飛び退き、吹き寄せる砂混じりの風から目を庇う二人。馬車が通りすぎた後には、目当ての乗り合い馬車は去った後だった。
「…………」
「ディール、か? サエリクスも……」
「グレイル。良く生きてたな」
「そっちこそ」
着ている服こそいつもと違うものの、見慣れた顔がそこには揃っていた。グレイル、ディール、サエリクスの三人は歩み寄り、互いに無事を喜びあった。
「ちょっとやつれたんじゃないか、サエリクス」
「色々あったんだよ、色々。それにしても。ヘルヴァナールの時みたいだな、この展開」
「ああ。だが、目的がわからないから向こうよりタチが悪い」
「なんだ、そっちにはミッションとかねえのかよ!」
「まぁ、立ち話もなんだ、いったんリスタールの屋敷へ戻ろう。元々お前たちを探すために出かけようとしてたんだから、もう必要なくなったしな」
「あ、そういや、俺の荷物もそのリスタールって奴の玄関に投げっぱなしだ」
「そういえば、ジェレミアの姉は……?」
リスタールの屋敷へ戻ろうというグレイルの提案にサエリクスが頷き、ディールが置き去りになっていた疑問を口にしたとき、そこへグリセルダがのっしと割り込んできた。
「良かったなグレイル! で、サエリクスってぇのはどっちだ?」
「…………」
「おう、お前か! ふぅん、なかなか……。なぁ、私と勝負しようぜ」
無言でサエリクスを指し示すグレイルだったが、嫌~な予感をひしひしと感じていた。ゴリラの方は右の拳を左の掌にパチンと叩きつけやる気満々だ。それに対するサエリクスもノリノリだ。
「ああ、良いぜ。見るからに強そうだしなぁ」
「よし! 私に勝ったら、私の婿にならないか? まだ独身なんだろ!」
「……悪いけど結婚してる」
「なにっ!? 話が違うぞ、グレイル! 私なんか片手で転がせるくらい強くて独身なんだろ?」
「……いや、お前の聞き間違いだろ」
「おっかしいなぁ……」
ディールと同じくらいの体格、自分よりも背の高いグリセルダからの求愛にサエリクスはたじたじだ。バトルへの興味もしおしおと萎え、グレイルに「余計なことは言うな」と念を送る。グレイルもゲンナリしながら話を合わせる。
残念なことに、グリセルダには釘を刺した意味がなかったようだ。それどころか、ディールにまで声をかけている。
「じゃあそっちのディールは?」
「俺も結婚してる。俺たち三人、全員既婚者だ」
「ちぇっ、いい男から売れてくよな~」
「悪いね、売れ残ってて」
「や、別にそんなこた言ってねぇだろ、サイネール~。何だよ、ご機嫌斜めかよ。もしかして妬いてんのか?」
「違うよ! バカ女!」
グリセルダとサイネールが漫才をやっている横で、額を寄せ合う異世界組三人……。
「おいグレイル、ありゃどういうことなんだよ!」
「悪い。どうせ相手にされないからやめとけって言ったんだけどな……」
「ったく、ハッタリが効いたから良かったようなもんを、そうじゃなかったら本気ではっ倒すとこだぜ」
サエリクスはこれ以上面倒なことは御免だった。特に女性問題は困る。対処のしようがないからだ。
「ところでジェレミアの姉がいるはずなんだが。一緒じゃないのか?」
「……あれだよ。あれ」
「どれだ?」
「だから、あれだって」
ディールの問いに、グレイルはそっとグリセルダを指差した。
「似てねええええ!! ……愛人の子か何かじゃねえのか……」
「絶対遺伝子が違うと思う」
好き勝手言うサエリクスとディールに、グレイルも少し興味を持つ。
「そんなに似てないのか」
「全然、似てねえ」
「スケッチがあるぞ。なんか勝手に荷物に紛れ込んでた」
「ほー、巧いもんだ。これはディール、こっちはサエリクスか」
「ああ。ほら、これがジェレミアだ」
「確かに……似てねえなぁ」
ディールが取り出したのは、トムが描いたスケッチ画だった。なかなか特徴を捉えた、しかも細密な黒炭画だ。グレイルの後ろから覗き込んだグリセルダが歓声を上げる。
「お、ジェレミアじゃないか! 私の可愛い弟だ。似てるだろ、髪の色とか!」
「髪の色は、な」
相槌を打つサエリクス。
「ジェレミアは父の後妻の子で、母親に似たんだ。私は父親似だから顔はそこまで似てないな」
「なるほど。父親似ねえ」
「へー、そう」
ディールはすでに興味を失っている。グリセルダが笑う。
「で、どっちと戦う?」
「は?」
「とにかく戦おうぜ、せっかく揃ったんだからな!」