第2話
「ぶぇっくし!」
「どうした?」
「いや、なんっか寒気が……」
「冷えたか」
「いや、う~ん……」
両手で自分の腕をさするサエリクスを見て、ディールが言う。二人をここまで送ってきた馬車はさっさと引き返して行ってしまった。
リリオを出てから分かったことたが、この世界は地球に比べて動物が大きい。犬だってボルゾイみたいなのが普通サイズだし、軍馬かと思えばポニーだと言われるし。
「とすると、ゾウはどれだけでけぇんだろうな」
「さぁな。ところで……三階建てのコーポみたいな建物の天辺にちらついてるの、あれ、ゾウの鼻じゃないか?」
「はっ?」
ディールが指す方を見やるサエリクス。そこには確かに、「ゾウの鼻」としか形容できない何かが揺れていた。
「でっ……けぇ!」
「というか、でかすぎだろ。物理法則に反してる。やっぱこれも魔力ってやつが関わってんのか? でないと重力に耐えてここまでの巨体を作り上げることは……」
「っだぁ〜〜〜! ブツブツ言うのヤメロ、お前!」
異世界のゾウは、地球に比べて三倍はあった。実際に三階建てのコーポと同じくらいということは、体長は8~9メートル、その重さはもう想像したくもない。踏まれるどころか、動いている脚に当たるだけでもヤバいだろう。車と接触するのと大差ないはずだ。
本当にこんな生き物に乗って旅をするのか、と二人はでかすぎるゾウを眺めて呆然としていた。
「……なんか、トロ過ぎて寝そうだぜ」
「馬の方が良かったかもしれない……」
サエリクスがそう漏らすと、ディールもまた顔をしかめて呟いた。しかし、実際に乗ってみるとゾウの車は馬よりも快適だった。ノロマすぎるということもない。欠点と言えば太陽に近すぎることと、朝夕が意外に冷えることだろうか。
明らかに人種の違うココア色の肌の案内人に導かれ、荒れ地を行く日々。日除けの隙間から差し込む光が痛い。元から日焼けしていたサエリクスはともかく、夜行性のディールは少し焼けて肌の色が濃くなった。
砂塵避けに渡された紗ですら暑く感じる。さすがに砂漠とは違うので昼間でも動くのだが、太陽が中天にある頃には車に乗っているよりも下に降りてゾウの真下を歩いた方が涼しかった。
朝は夜明け前から動きだし、味もそっけもない携帯食料を水で流し込む。昼は我慢できなくなるまでは車に揺られ、その後はゾウ脚を日除けにしながら移動。意外と早いペースで進むので早歩きになる。影を見つけては休憩し、昼食を摂る。夜はゾウが歩き疲れるまで車に揺られ、毛布で寒さを凌ぐ。寝る前にならないと火は炊かないので、夕食もそれまではお預け、スープで体を温めてしばしの睡眠を貪る……。
だいたい一週間はそんなキツい旅が続いただろうか。振り返ってみるとけっこうな強行軍だと言えた。実際、案内人のスパイス族の男は二人を誉め称えていたものだ。
「ただの人間がここまでついてこられるとは思ってもいなかった」と。それには、過酷な旅ながらあまり文句も言わずに体を動かしていたことへの賛辞もあるのだろう。とにかく、王都へほど近いカリヨンへとゾウ車は到着し、ディールとサエリクスの二人はまたも見知らぬ土地に放り出されたわけである。
「とりあえず……ジェレミアからの手紙もあることだし、探すか。なんだっけ、リスタール……伯爵?」
「ああ。その辺の奴に聞いてみよーぜ。いい加減風呂くれえ入りてえしよ」
「だな。じゃあ、頼む」
「はぁっ!? ……ったく、しゃあねえなぁ、もう!」
ディールの手から羊皮紙を奪い取るサエリクス。彼にもツレの交渉技術の拙さはよく分かっていたので、任せるよりは自分で聞いた方が早いとは思っていたのだ。
「ああ、そういうことか」
「あぁ?」
「こっちにいるときは口が悪いと思ったら、第二言語を挟んでないからだな。ヘルヴァナールにいたときには接点が少なかったし、違和感を覚えるのも当然か」
「お、おう……。で?」
「ん? いや、それだけだが?」
「なんなんだよ!!」
思わずつっこんでしまうサエリクス。しかしどこまでもマイペースなディールを相手にいつまでも遊んでいては日が暮れてしまう。さっさと誰か見繕って道案内を頼むことにしたサエリクスだった。
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ジェレミアがあえて言わなかったのか言い忘れていたのか、リスタールと言えばここら辺り一帯を治める伯爵のことであった。道案内を引き受けてくれた現地人の親父も、くたびれた旅装の異邦人と威厳ある屋敷との差にびっくりだったろう。
「本当にここかよ……?」
「一応、そのはずだが」
「こっちにはちゃんと手紙がある」と慌てず騒がずのディールが門扉を叩くと、すぐさま使用人が出てきて二人を迎え入れてくれた。彼らは手紙を見るまでもなくディールの名前を言い当て、「お嬢様がお探ししておりました」とそう言ったのだった。
そう、サエリクスは何と答えていいか分からず立ち尽くしているが、ディールはリリオでトマス=ハリスから同じ説明を確かに受けていた。グレイルはジェレミアの姉に拾われ、王都で探索者だか何だかになってディールのことを探してくれていたのだと。
「そういうわけだ」
「そうか。じゃあ、ここで休ませてもらって王都へ出発だな」
一泊くらいはさせてほしいと願い出る二人。ちょうどジェレミアの父親であるリスタール伯爵は家族揃って留守にしているようだったが、グリセルダの言いつけもあって泊めてもらえることになった。久々にゆっくりと入浴し、まともな食事とベッドにありついた二人は、明朝すぐに王都へ旅立つのだった。




