第1話
結局、グリセルダもグレイルが帰る手段については知らなかった。
「残っている昔話によると、マレビトは皆、自分の世界に帰っている。だからグレイルもそのうち帰れるだろう」
「……気休めじゃねえか」
「そんなこと言ったって、帰る手段なんか確立されてないぞ。それに私はともかく、他の人間はマレビトなんか信じていないんだからな」
「眼鏡くんとな」
「わかってる、言ってない。言ってないから睨むな。はぁ……先生に聞けばわかるかもしれないが……」
「あれから帰ってこないんじゃなぁ」
そう、グリセルダが先生と呼ぶサビーン教授はあれから帰って来ず、次の日も、また次の日も留守だった。大学に問い合わせても、こういったことはたまにあるとかで、授業も休講になってしまった。結果として暇が増えたグリセルダはグレイルにつきあってディールを探すかたわら、サビーン教授について聞き込みをしているのだった。
グリセルダとムート、まれにサイネールを伴って王都周辺を聞き込みして回る日々。「マレビトにはしなければならないことがある」と言われたって心当たりなんてない。ただ、一緒に巻き込まれたディールを見つけない限り、帰る手段が見つかったところで帰れない。だから今は動くしかないのだ。
(……無事だろうな、あいつ)
青い髪の常にマイペースな大男を思い出し、グレイルは溜め息を吐いた。
* * * * * * * * * * * *
その日も、ディールの捜索状況を聞きに探索者の“庭”へやって来て、収穫もなくそこを出ようとしたときのことだった。ふと、依頼書の貼ってある掲示板に目を留めたグレイルは、その中に自分たちと同じく人探しの依頼、それも人相書きがあるものがあるのを見つけた。
ディールの似顔絵も渡しておけばよかったかと考え、通りすぎようとしたグレイルだったが、よく見ればその似顔絵に見覚えがある気がした。尋ね人の名は「サエリクス」、依頼人はエリーゼとなっている。グレイルは思わずその依頼書を手に取っていた。
「まさか……?」
あのサエリクスのことだろうか? 依頼書を上から下まで読んでみると、確かに知り合いと同じような特徴が書かれている。グレイルは依頼書を剥がしグリセルダに手渡した。
「もしかしてこれ、俺の知り合いかも知れねえな」
「そうなのか? まだこっちにも知り合いがいたのか」
「かも知れねえ。とにかくこの依頼人に会えばわかるんじゃねえのか?」
こうして掲示板に残っているのは依頼料が安すぎるせいだろうか。だったら自分達が受けるまでだろう。何にせよ、大きな手掛かりになるのは間違いなさそうだ。
「じゃあ、今から依頼人に会いに行こうぜ」
「そうだな」
依頼書にあった通り、裏通りにある寂れた宿まで行ったが生憎と留守だった。愛想の良い背の低い老婆が出てきて、エリーゼという女は夜になるまでは帰ってこないと教えてくれた。
「出直すか……」
「そうだな。いつもの店で食べようぜ」
「別のとこでも良いんだぞ。野菜が出てくるならよ」
「う~~ん」
エリーゼの宿の前でうだうだと話していると、角を曲がってきた若い女がグレイルたちを見てぎょっとしたように踵を返した。栗色のクセの強いポニーテールが揺れる。おそらく彼女がエリーゼじゃないだろうか。
「あっ、待て。俺たちは探索者だ、サエリクスを探してるのはお前か?」
「知ってるの!?」
グレイルの言葉に若い女が振り返る。切羽詰まった表情でグレイルに詰め寄ってきた女――エリーゼは、興奮していた。
「どこ!? どこにいるの!?」
「俺もそれが知りてえよ。こっちでは見かけてないんだ」
「そう……」
エリーゼは途端に肩を落とした。この娘はこの世界の住人なんだろうか、それともサエリクスと一緒に巻き込まれてこっちに来てしまったのか……。彼女がどこからやってきて、どこでサエリクスと別れたのか知る必要がある。
「エリーゼ、だったか。どこから来たんだ? どこでサエリクスと別れた?」
「……知らないよ。アイツはアタシを置き去りにしたんだ。どこへ行ったのかもわからない。だから……だからこうして探してるんだろ。探し出して、せめて一発、殴んないと気が済まないんだよ!」
今、目の前にサエリクスがいたら刺し殺さんばかりの勢いだった。グレイルもグリセルダも何も言えないまま、エリーゼという女は去っていった。
「……何をやらかしたんだろうな、その、サエリクスってやつは」
「さあな」
言ってはなんだが、イタリア男のくせに不器用で女関係はからっきしなサエリクスが、惚れた腫れたで問題を起こすとは思えなかった。
「その、サエリクスってさ~」
「あん?」
「強いのか? 独身?」
「……懲りねぇな。お前なんざ片手で転がしちまえるくらい強いぞ、あいつ。でも、お前を相手にしてくれるとは思えねぇなぁ」
「ちぇ、んだよ~」
「おとなしく眼鏡くんでも追いかけてろ」
再会したときゴリラがあんまりサエリクスにしつこくすると、グレイルが責められそうだったので、一応釘を刺しておくのだった。