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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター5:王都とゴリラ女 
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第11話

 サイネールはよもや目の前の男がそうだとは思わず、マレビトなんてただの昔話だと冷笑した。


「獣人たちはマレビトをありがたがって、古くからの口伝をいつまでも残しているけど、僕は彼らが世界を救う勇者だとは思わないなぁ」

「勇者……?」

「そう、獣人の間では、マレビトは勇者だと伝わっているんだ」


 サイネール曰く。

 マレビトとは世界を越えてやって来る、そして何かを為してまた去っていく存在だ。獣人たちは彼らを「祈りの結果もたらされた大いなる(たす)け」だと考えているが、実際のところ本当に祈りに応えてやって来たのかは分かっていない。


 マレビトにはいくつか特徴がある。

 ひとつ目は、妙な言葉の使い方をすることだ。まったく未知の単語や概念を持っていることもある。

 そして二つ目は、この世界の魔法、魔術に馴染みやすく、武器や防具もすぐに使いこなせるようになることだ。


「優れた武力を持っているからといって、それがすなわち優れた人物とは言えない、だろ? 彼らマレビトのすべてが、勇者と呼ばれるほどの善行を成したのかなぁ? むしろ、そんな危険人物を野放しにする方が危険さ」

「…………」

「だからだろうね、マレビトの能力を制限し、枷をかける研究が行われたことがあるそうだよ」

「ほう。それは、どんな風に?」

「どんなって……彼らから魔法を取り上げたんだそうだ。世界を越えるときに、魔の法則が彼らには当てはまらないよう、召喚の術式に組み込んだんだって。だからそんな風に呼ばれたマレビトは魔術が使えないし作用しない。そして、鍛冶そのものが魔の法則を組み込んでいるから武器も防具も使えないんだ」

「そういう理屈かよ……」

「まぁ、それももう失われた知識だけどね。そもそも僕みたいな落ちこぼれには、召喚の術式すらまともに導けないし。……別に気にしてないけどさ。もしもマレビトを招けるんだったら、色々と役に立ってくれただろうになぁ~」


(……そのマレビトなら目の前にいるぜ。しかもご丁寧に弱体化されてな!)


「魔力のない人間を捕まえて何をするつもりなんだ、お前さん」

「人聞きの悪いことを言うなよ! それに、魔力のない人間と、魔の法則が当てはまらない人間は違うよ。その理論で言えば彼らには治癒の術とか有益な魔術が無効なだけでなく、魔術による攻撃も効かないんだ。つまり魔術的な罠も素通りできるんだよ! すごいじゃないか?」

「……本気で、何に利用するつもりなんだよ?」

「えっと……、が、学術的興味、だよ」


 この眼鏡の青年、実はテロリストとかなんじゃなかろうか、という疑念を抱きつつもグレイルは素知らぬ顔で赤蕪のスープをすすった。


 魔術のこと、獣人のこと、気になることはたくさんあった。それらのことだけでなく、この国の観光名所などについても交えながら、かなり色々なことを聞き出した。最後にグレイルはもう一度、マレビトの召喚について聞いた。


「その、マレビトっていうのは、簡単に呼べるもんなのか? だったらどこにでもいそうなもんだけどな」

「ないない。この国じゃまず、誰もそれが可能な人物はいない。ノレッジの当主はその実力はあるけど、高齢でもう体が儀式に耐えられないんだ」

「ふぅん。じゃあ、最近マレビトが来たりとかは?」

「ないない!」

「ところで、ノレッジってもしかしてお前さんの……」

「……言ったろ、僕、落ちこぼれなんだ」

「お、おう……悪かったな」


 これは後からグリセルダの執事に聞いた話だが、サイネールの生家ノレッジは、魔術の大家なのだそうだ。そこからは何人もの著名な魔術師が輩出されており、最近ではそのノレッジ侯爵の血筋の姫君と国王との結婚話も持ち上がっている、いわゆるエリートな家柄だ。


 そこでは強い魔力があり、種類を多く使える方が「有能」であり、そうでない者は「出来損ない」と呼ばれて差別される。ノレッジの血を引いていてさえそんな扱いなので、ただの弟子の扱いは推して知るべし、だ。


 だからサイネールは自分を「落ちこぼれ」だと言い、ノレッジのお膝元である魔術都市ネージュで魔術の専門大学や聖堂に通わず、どちらかと言えば公務員養成学校に近い王都の大学に通っているのだ。


 異世界とはいえ格差社会というものは存在する。むしろ地球よりもこちらの方が身分格差が大きく、差別がひどいのかもしれなかった。人類の歴史を考えると、社会の成熟の過程においては仕方がないことだとしても、聞いていて気分のいいもんじゃないなとグレイルは思った。


 ちなみに、サイネールのノレッジと、グリセルダのリスタールとはライバル関係なのだそうだ。一瞬、「ロミオとジュリエットかよ」と思ったが、そなるとあのゴリラがジュリエットということになる。それはちょっと……あんまりだ。慌てて脳内に浮かんだひらひらドレス姿のゴリラのイメージを追い払った。むしろ配役を逆にして眼鏡くんがジュリエットの方が上手く行きそうである。


「さて、そろそろ戻るか」

「そうだね。いくら彼女でもあの状態で放置は辛いだろうし」

「怒り狂って襲いかかってきたら、ちゃんと逃げろよ」

「……不安になること言うなよぉ」


 ほろ酔いの気分もふっ飛ぶサイネールだった。

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