表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター5:王都とゴリラ女 
54/122

第10話

 プラシーボ効果というものがある。偽薬効果と言えば分かりやすいだろうか。対象が疑いなく信じ込んでいることが前提になるが、ただのビタミン剤をある病気の「特効薬」と偽って飲ませたところ、実際に快方に向かうなどの結果が出たのだという。こうして思い込みの力を利用してプラスの効果を上げるのがプラシーボ効果であるが、ならば、その逆もあるのではないか。それがノーシーボ効果、つまり反偽薬効果のことだ。


 『ブアメードの血』と呼ばれる都市伝説がある。

 死刑囚ブアメードに、とある実験に協力しないかという話が持ち掛けられた。それは「人間は体重の約10%の出血によって死亡するというのが本当かどうかを試す」というもので、実験が終わった後も生きていれば釈放してやるという条件だった。


 彼はそれを引き受けた。手足を拘束され、目隠しまでされた状態で実験は始まる。ブアメードは足首に刃を入れられ、そこから流れ落ちていく血がポタリ、ポタリと音を立てる……。


 もちろんこれは出血量と死の因果関係を調べる実験ではない。逃げ出せない状況下で視覚を制限することで、人間の心理状態を操作するのだ。被験者が不安になったところへ、致死限界の話や現在流れた血の量など、具体的だがウソっぱちの情報を一方的に与えていく。


 あわれブアメードは、実際には死ぬはずのない出血量でありながら、「あともう××ccで致死量です」と淡々と流れ続ける偽のアナウンスを信じて、その言葉通りに死んでしまったというのだ。






 * * * * * * * * * * * *






「……っていう実験は、本当はなかったんだけどな」

「なぁんだ、びっくりしたよ」

「だが、似たような事例はいくつも報告されてるんだ。人間の思い込みって本当にすげーよな」

「それで……、なんて言ったんだ、あの女に」

「ああ、『お前が少しでも動けば、この部屋の中に仕掛けられた爆弾が反応してこの建物ごと吹っ飛ぶからじっとしてろよ』って言ったんだよ」

「えげつない……。でも、それがあの女にちゃんと理解できてるのかなぁ」

「さぁな。だが人間、自分にとってマイナスな情報ほど、完全に否定する、まったく信じないってことは難しいもんだ。こういうのに詳しい奴の受け売りだけどな」

「へぇ」


 サイネールはこの都市伝説にかなり興味を引かれたようである、感心した声を上げた。


「そういえばまだ貴方の名前を聞いてなかったな」

「グレイルだ。とにかく、どこかで食べながら話そうぜ。野菜中心のディッシュで美味い店を知ってるか?」

「気が合うね。良いところを知ってる。行こうか」

「あ、いけね……あいつから財布もらってくるの忘れた」

「ん~。じゃあ、彼女の名前でツケにしてもらうといいよ。それくらい許してくれるんじゃない? ダメなら僕が奢るさ」

「そうするか」

「行こう」


 すっかり打ち解けた二人は連れ立って食事に出かけた。グリセルダが選んだ店とは違い、もっと下町の入り組んだ場所にある大衆酒場のような店だ。それでもどちらかと言えば落ち着いた雰囲気の店であるのは、サイネールの気性ゆえなのだろう。


「悪くない」

「だろう? あ、でも、そこまで料理を選り好みできるような店じゃないんだ。そこは我慢してくれ」

「別に構わない。美味いんだろ?」

「それはもう。期待してくれていいよ。酒は?」

「あ~、いや、今日はいい」


 アルコールはイケる口のグレイルだったが、飲むのはもっぱら日本酒なのだった。


 テーブルに着くと店員がやってきて、幾つかあるメニューから注文することになる。煮込み料理ばかりだったが、そこはグレイルにとって何の問題もない。最初から、夕食には消化に良いメニューをと考えていたのだ。


「眼鏡くん、それじゃ質問だ」

「誰が眼鏡くんか。まあいいや、何?」

「お前さん、大昔の伝承やなんかに詳しいそうだが、この世界について詳しく教えてくれないか? 例えば……成り立ちとか、別の世界の存在についてどんな研究がされているのか、とかな」

「……なんか、妙なことを知りたがるんだな」


 サイネールはひとり、ワインの入った銀杯を傾けながらグレイルを見た。


「確かに、その分野についてはよく知ってるよ。一時期、サビーン教授に師事していたからね。ただ、そんな風にザックリ言われてもなぁ」

「じゃあ、そうだな……別の世界について、とかに限ったらどうだ?」

「マレビトかぁ。それはまたマイナーな」

「……いるのか、やっぱり」


 グレイルは複雑な気持ちで呟いた。

 薄々とだが、ここが以前に飛ばされた世界とは違うと気がついていた。もしヘルヴァナールだったら、とっくに誰かが自分を迎えが来ているだろうし、そうなれば帰ることも容易だ。


 だが、まったく別の世界に来たとなれば帰る手段から探さねばならなかった。この世界に「異世界からやって来た人間」、という考え方の土壌があるならば、それを返還する方法もまた伝わっているはずだ。


「その、マレビトとやらについて教えてくれ、詳しく! お前の知っていること全部!」

「えっ。えええ~?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ