第9話
グレイルは呻いた。よりにもよってゴリラの手下ときたもんだ。
「……絶対違う。というか、仮にも俺はあんたを助けた気がするんだがな」
「は? 助けた? ……あ、もしかしてお昼前のことかな。そういえばその声、聞き覚えがある気がする」
サイネールは一転、フレンドリーな態度でグレイルに詫びると、自己紹介を始めた。
「すまない、あのときは眼鏡かけてなくて、人の顔がさっぱり見えなかったんだ。僕はサイネール・ノレッジ。ここの学生だ。改めて礼を言うよ、ありがとう」
グレイルも挨拶を返そうとするが、そこへ割り込んできたのがグリセルダだ。まったく空気を読まないゴリラである。性懲りもなくサイネールの側へ寄って、肩を抱こうとした手を叩かれている。
「なぁ、サイネール。この後一緒にメシでもどうだ?」
「断る! 僕の部屋をこんな風にしておいて、よく悪びれもせずにディナーに誘えるな!?」
「そう言わずによ~。一度じっくり二人っきりで話し合おうぜ?」
「やだってば! 聞いても気持ちは変わらない!」
「じゃあ俺となら?」
グリセルダのこの嫌われようを見ると、三人一緒に仲良く食事とはいかないだろう。だがもしかすると、ゴリラ抜きでなら色々と聞き出せるかもしれない。しかし……グレイルの物言いは何か勘違いさせてしまったようだった。
「えっ。そ、そそそ、そういう趣味が……?」
「ちげえし」
「じゃあどうして」
嫌そうな顔で自分の体を抱きながら後退りするサイネール。もちろんグレイルにそんな趣味はない。
「色々と話を聞きたいんだ。それから……」
「オイ、オイ待て、私も混ぜろ!」
「それからゴリラ、お前がいると色々な意味で厄介なことになるから、どこかでひとり飯でも食ってろ。その後はもう好きにして良いから。だが今回は重要な話をするんだ。俺たち二人きりにさせてくれねえか」
「ううううう……」
納得していない、恨めしそうな顔でグレイルを見返すグリセルダ。
「とりあえず今回だけは我慢してくれ。後のことは知らないが」
「ちょっと待った、あんた僕から聞きたいだけ聞き出した後、このバカ女に僕を売るつもりじゃないだろうな? 助けてくれたから、たいていの質問には答えるけど、そういうことなら食事はお断りするよ。何されるかわからないからな」
「それはそっちの出方次第だ。逃げたきゃ逃げれば良い」
「……僕の邪魔はしない、そういうことでいいのかな?」
「これで五分五分ってとこだろ。良い落とし所だと思うんだがな」
「そうだな……」
「私抜きに話を進めるな! 結局どういうことなんだよ!」
「お座りして待ってろってことだよ」
「クッソ~、馬鹿にしやがって、ぜってぇ邪魔してやる!!」
肩を怒らせ二人の前に立ちはだかるゴリラ。慌てふためくサイネールとは対照的にグレイルは冷静だ。背後に庇った青年にすかさず指示を飛ばす。
「おい、ロープ。あ、いや、チェーン」
「えっ? あっ、縛るもの?」
「ああ、頼む」
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる!」
「おりゃ」
「あっぐ……!」
全力でグリセルダの股間を蹴り上げるグレイル。ここは普通に女でも急所だ。ゴリラが膝から落ちて悶絶している間に、サイネールがゴツい鎖を持ってきた。
「これでどうかな、魔獣用の鎖なんだけど」
「おう、サンキュー」
駐車場などでよく見かける、仕切り用チェーンの二倍はあるだろうか。しかもただの輪繋ぎではなく二本の金属棒をねじって境目を焼き潰すようにしてたるため強度が高い。それでグリセルダをぐるぐる巻きつけて簀巻きにしていく。念入りに足先まで巻かれてゴリラから蓑虫に早変わりである。
「うが~~~っ!! グレイルてんめぇ~~、許さねぇぞ~~!!!」
「ひえっ……」
床の上でぴょんぴょんしているゴリラ。もとい蓑虫。怯えた声を上げるサイネールに、グレイルはさらなる要求を告げる。
「あとは目隠し用と猿轡用の布。頑丈なヤツな」
「う、うん、わかった……」
「こんちくしょっ! ほどけゴラァ!!」
「さぁ、そのうるさいお口を塞ごうか」
「むっぐぐぐぐ!」
グリセルダが牙を剥いた瞬間を見計らい、布を詰め込んで封をする。まず黙らせてからもがく頭を押さえつけて目も塞いだ。
「しばらくおねんねだ」
「うっわ……いいのかなぁ、これ。盗賊でもここまでの扱いは……」
「だってこうでもしないと何されるかわからないだろう」
「確かに……」
「あとは仕上げだな」
まだフゴフゴ言いながら抵抗しているグリセルダの横にしゃがみこみ、その耳元で何かを囁くグレイル。すると、ゴリラの動きが急にピタリと止まった。
「……そういうわけだから、俺たちは行ってくる。一時間もすれば帰るから大人しくしてろよ?」
「えっ、うそ。どうや……」
「死にたくなけりゃな」
「!?」
そう言い残して部屋を出るグレイル。サイネールは尋ねたいことが色々とあるようで、大きな歩幅のグレイルの隣に早足で追いつきながら疑問を並べ立てる。
「ど、どうやってあの女の動きを止めたんだ? それに今のひと言は……?」
グレイルは足を止めることなく研究棟の出口へ向かいながら話し始めた。
「ああ、人間って視界を奪われて身動きが取れない状況になると、物凄く思い込みが激しくなるんだ。色々なことを想像しちまうからな。面白い話を聞かせてやろう」




