第7話
「余計な真似をされてないっていうのは助かるが、さて、どうやって動かすかなぁ」
「車なんて押してすぐ運べるだろ? 今すぐ取りに行こうぜ」
「無理だ。ロックが掛かっちまってるからな」
何を言っているんだとばかりの表情になるグリセルダ。しかし、それは彼女が車について知らないからだ。ディールのY34の後輪にはロックが掛かっている。人間が押して運ぶにはそれを解除しなくてはならないのだが、生憎キーを持っていない今のグレイルには動かせないのだ。
それを何とか言葉で説明しようとするグレイルだったが、脳筋のグリセルダどころか執事のムートまで要領を得ていない表情をするのを見て限界を感じ取った。これは現物を見てもらうしかないと、二人を連れて広場へと戻ることにしたのだった。
「ほらよ、こういうことだ。こんな重いもの、さすがのお前でも運べないだろう? あ、押すなよ? 壊れるからな」
「なんだこれ、見たこともないぜ。これが本当に車なのか?」
「そうだ」
馬で牽くのが馬車。これは自動で動くから自動車なんだ、と文字通りの言葉で説明するグレイル。それに対しグリセルダは、可哀想なものを見るような目を返してきた。
「え……車なのに動物がいなくて前に進むわけないだろうが。大丈夫か?」
殴ってやろうかこの女、と思いつつグレイルは根気強く説明してやることにした。
「こっちの世界じゃ、動物がいなくても動かせる乗り物なんだ。機械が発達してるからな。魔法も使わねえ、こっちにはそんなもんないんだからな」
「機械ってなんだよ。魔法がないって……お前、私を騙してるのか? これって実は、すごい魔道具か何かなんだろ?」
「いや、違う。ガソリンを燃やして得たエネルギーでエンジンを回してるんだ、100%魔法なしの代物だ」
「ガソリンって、エンジンってなんだよ? あんまり訳のわからんことばかり言うな、グレイル」
「……こっちには機械がねえのか」
混乱しているグリセルダにムートが助け船を出す。
「お嬢様、機械と言えば時計もそうですよ」
「えっ、あれって魔術で動いてんじゃないのか? あれも機械? ってことは……車も時計で動くのか?」
(何言ってんだこいつ)
あまりの飛躍にグレイルもムートも返す言葉がない。しかし、そこは長年仕えている執事の腕の見せ所、華麗に突っ込みどころをスルーした。
「さようでございますね、お嬢様」
「いやいやいや……」
「へぇ、こいつもなんか中でチクタク言ったりするのか?」
「しねぇよ」
興味深そうにY34の周りをぐるりと一周したかと思うと、拳を握るグリセルダ。彼女が何をしようとしているか分かったグレイルは、車が殴られる前にそれを止めた。
「やめろこのゴリラ! 世の中、力で解決することとしねえことがあるんだからよぉ!!」
そう言いつつ関節技も併用してグリセルダを地面に組み伏せるグレイル。パワーでは敵わないので、彼女を止めるには関節技しかないのである。
「なんだよ~、ちょっと触ってみようと思っただけだろ? クッソ~! 放せグレイルぅ!」
「触るだけって思う奴が拳を握るか、普通?」
「だから、ちょっとだけ、試すだけのつもりだったんだってばよ!」
「壊すつもりなんてなかったんだ!」と下手な言い訳をするゴリラをよそにムートは冷静に分析をしていた。
「車体はまさか、すべて鉄でしょうか……これは重いでしょうな。しかしずいぶんと風変わりな車輪ですが、これが動かないとなりますと、運ぶことは不可能でしょう」
「ああ、鉄だよ。一部はカーボンパーツだ」
「それからアルミも使ってる」とグレイルは執事に追加情報を告げる。
「とはいえ、ロックされてるのは後輪だけだからな、後ろさえ持ち上げてやればあとは安定して運べる……はずだ」
「ふぅむ。馬を用意しませんとな」
顎をさする老執事に対し、グレイルは首を横に振る。
「いや……馬でも無理だろう。この車はかなり重いから、俺たち人間だと押すだけでも三人がかりくらいじゃないと移動できないぞ。馬ってどのくらい用意するつもりなんだよ」
こんなときにドラゴンがいてくれれば、ロープか何かで縛って持ち上げてもらえそうなのになーとグレイルは歯がゆい思いである。
「いえいえ、大丈夫ですよ。後輪部分を車輪のついた板に載せることができれば移動は簡単でしょう。持ち上げるのも、建設用の道具を用いれば楽に行きますとも」
「ああ、そういうのがあるのか。じゃあそれで頼む」
「十人ほど職人を雇い入れましょう。もちろん、不測の事態に備えてグレイルさまに監修していただかなくてはなりませんが」
「おう、わかった。マネーイズパワー、金持ちのやることはさすがに違うな」
グレイルは破顔一笑すると、いつまでも無駄な抵抗をしているグリセルダの首にチョップをかました。
「お前はいい加減黙れ。少しは考える力をつけろ」
「うぐっ……」
「グレイルさま、もうすこしお手柔らかに」
「こいつが暴れるのをやめたら、俺もやめる」
「お嬢様」
「クッソ~~! もう、ちょっとぉ!」
グレイルの関節技は的確で、どうあがいても抜け出せないというのに、あくまで抵抗を続けるグリセルダ。まったく懲りない女である。二人が遊んでいる間に、ムートはキンバリー伯爵の下へ車の件で話をつけに行ってしまった。
「お前、本当、いい加減にしろよ」
「ぬお~! ……ダメだ、参った!」
ようやく気が済んだグリセルダの案内で、今度こそ大学へ向かうグレイルだった。




