第6話
「まだまだたくさんのデモンストレーションがあるぜ。写真と言って、その場で見風景をそのまま絵にできたりとかな。それもプラスするならあと金貨20枚分負けろ」
「くそぉ、そこまで言われちゃしょうがねぇ、金貨30枚に負けてやる。だが、こっちもそれじゃ損が大きいんでな、前金で30枚もらおう。んで、聖堂騎士への紹介料で金貨2枚いただくぜ」
「その紹介料は後払いじゃだめか」
「だめだな」
ここまで異文明のテクノロジーを餌に、成功報酬に切り替えさせたり値切ったりしてきたが、どうやらそれも限界らしい。少しでもグリセルダの、ひいては彼女に建て替えてもらって自分で返すつもりの依頼料を負けさせるつもりだったのだが、どうあっても現金が必要なようだ。それならと今度はこちらも現物に切り替える。
「じゃあ俺がこれから渾身の書を書くから、その分紹介料を割り引いてくれ。俺はアーティストだからな。この世界じゃ見られない類の、凄いアートをするんだぜ!!」
「おおお? ……いや、芸術はさっぱりわからん」
「こっちの世界の価値だったら……そうだな、真面目に金貨500枚分の値打ちがあるな。どうだ?」
「私も芸術はわからんが、そんなに価値があるのか? すげぇな、グレイル!」
「そう言われても、売る当てがねぇしなぁ。アートはいいよ、アートは。それよりも本当にその小さなの、動くんだろうなぁ?」
「当然だ」
どうして伯爵令嬢がそういう方面に疎いのか。しかし、ゴリラだからだと思うと不自然ではない、気がする。この場で支払う現金を減らす作戦は失敗したが、向こうが吹っ掛けてきた分はやり返せたはずである。グレイルは大人しく引き下がった。
「さて、じゃあ合わせて金貨32枚、先払いだぜ。いつ持ってくる?」
「それくらいなら今すぐ払うぜ。でも、王都は自分たちでやるから、他の場所、そうだなゼイルードとかを頼む。カリヨンもいらね、そっちは当てがあるんだ」
「……もうビタ一文負けねぇぞ?」
「構わねぇよ。とにかく、王都とイスダール、カリヨン以外を重点的に探してくれ。どこにいるかわかんねーんだから。グレイルもそれでいいよな?」
「ああ。あいつが無事ならまずは大きな都市へ出てこようとするはずだからな。街を中心に尋ね歩くのが効率的だろ」
捜索範囲外である僻地の農村や、探索者が入れないという中央部などにディールがいる可能性もあったが、それはまず一か月探してみてから考えればいいことだ、とグレイルは思った。
「おい、ちゃんとグレイルの言っていた特徴の男を探して連れて来いよな!」
「……最悪、目撃情報だけじゃだめか?」
「ダメだ! そんなのでっちあげかもしれねーだろ! グレイルの……なんだっけそれ、そうだ、すまーとふぉんがかかってるんだからな!」
「へいへい、わっかりましたよ。ただし、アンタらも同時に探すってんなら、それは探索者の仕事ってことになる。だったら、登録していってもらうぜ、探索者によ」
「それは金が要るのか?」
「いやいや? ただ、相応の扱いを受けたいなら……わかってんだろ?」
男はいやらしい笑みを浮かべて袖の下を要求したが、グリセルダはふいと横を向いてそれを突っぱねた。グレイルも同じくだ。
「……私は匿名で登録する。グレイルも、聞かれたことに正直に答えなくていいぞ」
何だかんだでこれからも小金を要求されそうな雰囲気はあったものの、無事にディールの捜索を依頼することができた。そしてグレイルとグリセルダの二人は探索者として登録し、‟庭”の設備を自由に使えるようになったのである。そして聖堂騎士への依頼は、窓口の男にその場所を聞いてその足で行くことにした。結局、信頼できるのは自分たちだけだからだ。
「しかし、本当に良かったのか、その小さなのをアイツにやるって約束して」
「俺はあいつにこれをやる、なんてひと言も言ってねえけど」
「へ?」
「あいつが勝手に勘違いしたんだろ。物は言い様さ」
「なっ……! なんだそれ! なんか、ずるいぞ……?」
微妙な表情になるグリセルダだった。
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ディールの捜索と並行してこの世界から帰るための方法を探そうと思っていたグレイルだったが、グリセルダに案内されて王都唯一という大学への道すがら、重大なことを思い出した。最初にこの世界にやって来たとき、目くらましとしてディールのY34を広場に置いてきてしまったのだ。まさか壊されたりなんてことはないだろうが、傷つけられたりしていないか少し心配になった。
(そういや、ナントカって伯爵にどうにかしてもらうって言ってたような気がするな……)
グレイルは衛士たちが象に車を動かせるかどうかと言っていたことと、そこを管理する伯爵についてグリセルダにまずは尋ねてみることにした。
「ん~? わっかんねぇ」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
「なんだ、どうしたグレイル?」
さすがゴリラである。こういう知識系の事柄についてはグリセルダに聞いても無駄ということが段々と分かってきたグレイルだった。代わりに執事のムートがタイミングを見計らったように呟く。
「広場でございますか。そういえば昼食の際、店の従業員の間で噂になっておりました。あれはグレイルさまの物でしたか」
「そんなに噂になってたのか? っていうか、昼食ってあのレストランだろ、いつのまに……」
「使用人には使用人同士の情報網がございますからな。……広場でしたらあそこはキンバリー伯爵の管轄のはずでございます。かの伯爵でしたら、そうご無体な真似はなさいますまい。まずもって、そのまま動かさずに保管してあるでしょう」
「そりゃ助かった。下手に動かすと壊れちまうからな……3万個のパーツを使っているからこそ、扱いはとてもデリケートなんだ」
「3万……見当もつかねえ数字だな」
グリセルダが呆けたように呟いた。




