第4話
どれくらい揺られたのか、やがて馬車から降ろされたサエリクスは今度は船に乗せられてしまう。船倉に彼を運んできた兵士たちは、ご丁寧にも縄を縛り替えてから去っていった。
ちなみに、一応トイレも垂れ流しじゃなく見張りつきではあるが行かせてもらえた。こんなところで文明人としての尊厳を毀損されるのであれば、たとえどうなろうが暴れて一矢報いてやるとひそかに決意していたサエリクスだった。
快適とは言えない船旅の途中、エリーゼが船倉にやってきた。手には何か革の袋のようなものを持っている。
「ハイ、サエリクス。船酔いはしてない?」
「三半規管は強いから問題ねえよ」
「そりゃ良かった。はいこれ、着替えだよ」
袋から出てきたのは、下着と長袖のシャツ、革の上着、ズボン、ブーツだった。ズボンはジッパーではなくクラスプで留めるようになっており、ベルトつきのそこそこ近代的なものだった。とはいえ、縛られたこの状況では着替えられない。
「アンタのその服は目立つからさ。代わりに普通の服を用意したんだ。たぶんサイズは合ってる」
「後で着替える。どうせ見張りつきだろうけどよ」
もうどうにでもなーれとばかりに投げやりな態度のサエリクスを見て、エリーゼは溜め息をこぼした。
「それはしょうがないさ。悪いとは思ってるよ。でも、アンタもそろそろ覚悟を決めな。とにかく、着替えならアタシが手伝ってやるよ。サイズ調整もしなくちゃだし」
どんな覚悟をすれば良いのやらと不貞腐れるサエリクスだったが、結局は何も言い返さずに着替えを済ませた。革の上着は分厚く、少なくともナイフがかすったくらいでは怪我をしない程度にはしっかりしていそうだった。ブーツも不思議としっくりくる。こちらも頑丈そうだ。
元から着ていた服は、洗濯できそうにはないが失くしたくなかったのでこれまで入っていた服の代わりに袋に入れ、持たせてもらえることになった。
しばらくすると、どれ位の時間が経ったのか分からないが船が陸地についたらしい。サエリクスは再び厳重にロープで縛られ、船から乱暴に引き摺り下ろされる。
やがて船は去り、人の多い港の一角にエリーゼと二人取り残されたサエリクス。エリーゼはさっそく彼のロープをほどくと、地図を片手にウィンクした。
「さて、まずは作戦を立てよう。どこか美味しい店があるといいなぁ」
「美味しい店とかどうでもいいからよ、さっさと盗むもん盗んで帰りてえんだ、俺は」
別に食べるものなんかファストフードでも何でも良い。作戦を立てるならその辺りの道端でも充分だ。とにかく早く物事を済ませて、出来ればあのフードの男をぶん殴ってから帰りたい。それだけがサエリクスの願いだった。だが、エリーゼは笑って首を振る。
「そうカッカしないでさ。どうせすぐには帰れないよ」
「なんで」
「宝珠を盗むったって、それが何かもわかってないんだろ? いいから、ちょっと落ち着いて作戦会議しよ。そんな怖い顔してちゃ、西部大森林に着く前に衛士に捕まって尋問されちゃうよ!」
エリーゼはサエリクスの腕を取り歩き始める。サエリクスは慌てて引きはがそうとするが、「恋人同士のふりしてれば怪しまれないって」と彼女は腕を離そうとしなかった。
(恋人っていうより、親子じゃね?)
サエリクスの心の声はしかし、エリーゼには届かなかった。
* * * * * * * * * * * *
連れられて入った店は港町だけあって魚介がメインのメニューが多かった。店内は賑やかで、昼間から呑んでいる男たちも多い。エリーゼが勝手に注文した料理が届くまでに地図を見ながら簡単な説明を聞かされる。
「アタシたちはガイエンって国からやってきた。ここはアウストラル王国、ガイエンに比べたら本当に平和でいいとこなんだ。今いるのが港町のゼイルードってとこさ。で、アタシたちの目的地はここから大体七日ほど歩いた場所にある大聖堂ってとこ」
「そんなに歩くのか。結構遠いな」
山岳訓練等の経験もあるサエリクスだが、流石に一週間ともなると気が塞いだ。しかも彼女の持っていた地図は精度が悪く、どんな道かも分からないのだ。
「まあね。アタシたちは巡礼に紛れて進むことになるから、道は整備されてる分、楽だと思うよ」
エリーゼは気楽そうに言った。
「途中、宿を取って泊まるから、歩き詰めじゃあないしさ。大聖堂に収められているでっかいルビーをどうにかして取ってくるために、まずは現地で下見しなきゃね」
エリーゼが地図をしまいこんだタイミングで大皿料理が運ばれてきた。湯気を立てているのはアクアパッツァによく似たものや、パプリカの黄色や赤がまぶしい魚介のパスタだ。それらを小皿に取り分けて食べ始める上機嫌なエリーゼ。ここから一気にサエリクスが軍人の顔に変わる。
「メシを食いながら色々聞きたい。相手の戦力だ」
「戦力ぅ?」
「ああそうだ。その大聖堂って所は警備はどのくらいだ? 見取り図はあるか? まずは色々とリサーチしてからじゃねえとやることもやれねえだろ」
「見取り図なんかないよ~。だから下見に行くんじゃないか。それに、大聖堂も強い聖堂騎士っていう連中が守ってるってことしか知らないんだ。アタシ、ガイエンどころか王都を出たことすらなかったんだもん」
「箱入りか……」
ポツッと呟くサエリクスにエリーゼが意外な反応をする。
「違う! アタシは兵士だ! 箱入りとか……大切に育てられたとか、そんなんじゃない!」
燃えるような瞳がサエリクスを睨みつけていた。