第5話
受付の男はとても友好的とは言えなかった。依頼人であるグレイルの話を聞き流しているのは明らかで、しかもディールの捜索範囲について「王都以外を」と指定した途端に不機嫌さを露わにした。グレイルたちが今いる場所が王都なのだから、ここは自分たちで探せる。当たり前の話だと思うのだが、‟庭”の受付窓口の男にとってはそうではないらしかった。
「場所もわからん、ヒントもなしじゃ、かなり高額になるのはわかってんだろうな? とにかくこの国じゃ王都周辺しか探せないぜ、地図見ろ、地図! ほっとんど荒れ地みてぇなこの国で僻地に人なんかいるわけねぇだろ」
「んだと、てめぇ!!」
「うわっ、な、なんだこの女!」
「今なんつった? ああっ!?」
グリセルダはカウンターが割れるんじゃないかという勢いで拳を叩きつけた。鉄格子の向こう側、男の肘あたりにあった灰皿代わりのマグが落ちてガチャンと音を立てる。次いでグリセルダは額を格子にぶち当て噛みつく勢いで吠えた。
「荒れ地なんかじゃねぇぞ、ふざけんな! 農村部のみんながちゃんと小麦や根菜を作ってくれてるから、ここの連中は豊かな暮らしができるんだろーがぁ! ぶち殺すぞてめぇ!!」
「ひぃっ! あ、アンタのツレだろ、お、大人しくさせろ!」
「まぁまぁ。こっちは依頼人だぜ。こいつは金持ちだから金に糸目はつけないはずだ」
「か、かか、金を積んだって暴力を振るうやつは客じゃねぇぞ!」
「とりあえず、話をきちんと聞けばこいつも収まってくれるんじゃねえのか? さっきの俺の話、あんたはまともに聞いてなかったみたいだし」
「無責任なこと言わずになんとかしてくれよぉ……」
男は格子越しであるにもかかわらず、グリセルダを恐れているようだった。確かに、格子を握って吠えているグリセルダはまるで動物園の檻から出たがっている猛獣のようだ。しかも鋼鉄の檻すら破って逃げ出す系の。彼女の怒りの源泉は、男が王都から離れた場所にある農村部を荒れ地だとけなしたことにあるようで、それについてはまぁ、グリセルダが正しいように思える。グレイルはしばらく放っておこうかと思ったのだが、グリセルダの額を血が伝わっているのを見て考えを変えた。
「というか、お前もそろそろ落ち着けよ。騒いだって話が進みゃしねえ」
「こういうヤツは一発ぶん殴ってやらねぇとわっかんねーんだよ!」
「わかったよ、オレが悪かったよ! 話はちゃんと聞くし態度も改めるから!」
グリセルダはまだ物足りなさそうに唸っていたが、グレイルは構わず彼女をカウンターから引き剥がし、後ろに控えていたムートに渡した。有能な執事は手当てくらいお手の物だろう。男はこれまでの態度について謝罪し、改めて依頼を受けるときの条件を詳しく説明し始めた。
「まず、探索者にも行ける範囲と行けない範囲があるんだわ。オレたちの仕事は大きく分けて二つ、ひとつ目が王都とその近辺の市街地で仕事を受けるやり方だ。人探しもそうだが、街の範囲と期限を切って依頼を受ける。
二つ目が、市街地から離れて、魔獣を退治する仕事だ。魔獣退治は国の騎士の仕事ではあるが、依頼件数が多いこともあってオレたちが下請けすることがある。直接オレたちに持ち込まれる依頼も多いし、まぁ、これが本業ってやつらも多い。騎士に頼むと時間がかかるからな」
グレイルが頷いてみせると、男は安心したようにホッと息を吐いて先を続けた。チラチラとグリセルダを窺っているのはまだ怖がっているからだろうか。
「オレたちはこの国の中央部には入る許可がないんでね、探そうにも王都、港町、魔術都市くらいなもんだ。それと、地図の真ん中から左側は聖堂騎士サマの領域だ。人探しするならそっちにも頼んだ方がいい。森の中となりゃ、アイツらに探してもらった方が絶対に早いからな。というわけで、ひとまず一か月探そうってんなら金貨300くらいにまけといてやるが……どうする?」
「300!? おいグレイル、やっぱこいつぶん殴る!」
「は、話が違うぜ!」
「待て待て、貴族ならそれくらい出せねえか?」
「……出せないことは、ない。が、いくら何でもちょっと高すぎるだろ。王都周辺は私たちで探すから、別の町だけ見てきてくれ」
「おいおい、こっちは親切で早めに見つけてやろうとしてるんだぜ~? それに、依頼主がこっちの仕事内容に指図してもらっちゃ困る」
「貴っ様、吹っ掛けてやがるんだろ! 足元見やがって、なんなら下しか向けないようにしてやろうかぁ!?」
「ったく、懲りねぇ野郎だ。……あーあ、こういうときにスマートフォンが使えたらな」
ポケットからゴソゴソとスマートフォンを取り出すグレイル。するとそれを見た受付の男の表情が変わった。
「お、何だそれは?」
「これか? 離れた場所にいる人間と話ができる機械だ。と言っても、今は使えないみてえだがな」
「そ、それ、見せてくれねぇか。何だか未知の技術の気がする……」
「じゃあ依頼料金貨50枚に負けろ。そうしたらこのスマートフォンで音楽を流したり、声を録音したりするデモンストレーションをしてやるからよ。金持ちの連中だったら、こういう最新テクノロジーには目がないんじゃねえの?」
「お、お、音楽を流したり、声を録音したり、だと!? ディールって男を探す代わりに、それをくれるってのか?」
「そっちの出方次第だ。で、どうすんだ? やってくれんのか?」
「いいだろう、それをこっちによこしな! そういう条件なら受けてやってもいい」
「グレイル! そんなのダメだぞ!」
「成功報酬と引き換えにデモンストレーションだ。それじゃねえと俺は受けねえ」
「ぐぅっ……! いいぜ、探し出してやる! その代わり、約束は守れよ!」
「グレイル!!」
グリセルダが悲鳴じみた声を上げた。




