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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター5:王都とゴリラ女 
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第4話

「なんだよ~、既婚者かよ~! 強い男を婿にする計画を諦めずに済むかと思ったのによ~! ……まさか嘘じゃねえよな?」

「嘘ついてどうすんだよ」

「だよなぁ! クッソ~~! うぉおおお、どうして私には婿のなり手がないんだ……今のとこ全戦全敗だぞ、騎士団でも断られたしよ~」


 机を叩き突っ伏して何やら盛大に嘆いているグリセルダ。その横でムートが「おいたわしや」と目にハンカチを当てている。どうやら知らないところでグレイルは婿候補になっていたらしい。


(冗談じゃない! 俺は地球に、日本に帰るぞ!)


 こんな所でこのまま一生を過ごすつもりなんかなかった。グレイルは身構えていたが、グリセルダはしつこくすることもなく、食事が運ばれてきてからはまた和やかな雰囲気に戻った。グレイルは脂質と糖質は少なめで、かつ食物繊維やビタミンを多く摂りたかったので生野菜のサラダと煮魚、フルーツの盛り合わせだった。グリセルダも煮込み料理だったがこちらは羊肉の赤ワイン煮込みで、どう考えてもオマケ程度の野菜しか摂っていなかった。


「そんな食生活続けてるとそのうち病気になるぜ?」

「お、心配してくれるのかよ。ありがとな。でも大丈夫、そのうち草も食う。食いたくなるタイミングがあるんだよなぁ~」

「野生動物かよ」 


 そんな会話をしつつ、ついでとばかりにグリセルダが言う。


「で、だ。今から‟庭”へ行くわけだが、その服装をまずどうにかしようぜ。どんな格好がいい? 動きやすい格好か? それとも偉そうな格好がいいか?」

「動きやすいのにしてくれ。貴族らしい服っていうのは大体イメージがつくが……ちょっとな」

「わかった、動きやすいやつだな。んじゃ、騎士たちが普段行くような店にでも行くか」

「今の服でも俺は別に目立たねえと思うんだけどなー」


 ぼやくグレイルだが、Tシャツにジーンズ姿という今の彼の見た目は、実質下級層の肉体労働者のそれだった。だからこそ衛士もただの人足だと思い直したのだし、そもそもこの店へもグリセルダなしには入れなかった。もっと言えば、この辺りの店であればどこに行こうとも、断られるか手酷く追い出されるかだっただろう。


「目立つって言うか……、相手にしてもらえなさそうだ。あいつら金を持ってるやつにしか靡かんからな。あ、自慢じゃないが私だって探索者たちに会うのはこれが初めてなんだぜ。舐められないようにしないとな」


 グリセルダはあえて言葉を濁した。そういう彼女は絹のドレスシャツに革のベスト、綿パンツに革靴という格好だ。粗野に振る舞ってはいても、その洗練された装いは見紛うことなく貴族のものであり、足を組んで頬杖をついた姿でさえ特権階級の纏う空気というものが感じられた。しかも並みの男より体格の良いグリセルダのことだ、彼女を「舐める」だなんてとんでもない。出した舌ごと引っこ抜かれて殺されそうである。


「強そうに見えるのがいいぞ。いっそ鎧でも着込むか?」

「動きにくそうだからやめておく。いざって時に素早く動けねえと命に関わるからな」

「そうか? ちょっと急所を覆うだけでも違うぞ?」

「……まぁ、それもあるんだが……俺は防具には良い思い出がないんでな」

「私もこの下に革の保護ベスト着けてるんだが。見るか?」

「見たくないからしまってろ」

「何だよ、つれねぇな」


 グリセルダはそっぽを向いたグレイルを見てニヤリと笑った。そういうところが嫁の貰い手のない原因なんじゃないかとグレイルは思ったが、薮蛇になりそうだったので黙ることにした。






 * * * * * * * * * * * * 






  店に入ると、そこは上流階級の人間が使うようななかなかオシャレな店で、さして防具としては優秀とは思えないが、着心地の良さそうな服がいくつか見つかった。試着してグレイルが「良い」と言ったすべてをグリセルダがカウンターへ運ばせていく。ベルトや靴も含めて、まるっとここで揃えることになった。


「こんなもんでいいか?」

「おう! なかなか良い感じじゃねぇか。……これで既婚者じゃなければなぁ」

「まだ言うか」


 顎をさすりながら至極残念そうに言うグリセルダ。どうやらまだ未練があるようだ。結局、シャツに革の上着、綿パンツにブーツという無難な格好になったグレイル。これで腰に剣のひとつでも佩けば、貴族崩れの探索者か、休暇中の騎士かと言ったところだ。

 元々グレイルは、その派手な髪の色とその身に纏うしゃんとした空気が相俟って、一般人として見られることがほとんどない。事実、作品を売ったりロゴデザインを引き受けたりなど書道家として活動しているグレイルは、日本で人気のクリエイターであり有名人だ。そんなわけで、服に着られることもなく堂々としたそのいでたちは、現地の空気にしっくりなじんでいるのだった。


「それで、人を探してるんだったか?」

「ああ」


 何をするにもまずはディールを探さなくては話にならない。二人はムートの案内でさっそく探索者の‟庭”へと向かった。しばらく歩いて辿り着いたそこは、西部開拓時代アメリカのカウボーイたちがたむろする酒場に似た雰囲気を持っていた。一階は食事処になっていて、昼間から酒を飲んでいる男たちもいる。剣呑な視線を感じながらもグレイルは平静さを保っていた。この程度でおたついているほど肝っ玉は小さくない。だが、ヤクザな雰囲気だというのは分かる、これでは「善良な一般人」は寄りつかないだろう。グリセルダの様子を窺ってみると、ムートもそうだがこちらも当然のように落ち着いていた。


「依頼とかを探したり頼んだりは二階だそうだぜ」


 グリセルダは手で合図し、さっさとひとり階段を上っていく。グレイルは肩をすくめ、その後を追った。

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