第9話
サエリクスたちがリリオに滞在していた期間は短かったが、中身の詰まった時間を過ごしたおかげで長く感じられた。そんな中で、サエリクスはジェレミアからオーブについて有用な情報を手にしたのだった。大昔の伝承などに詳しい彼は、同じ聖堂騎士であるカイヤが知らないことも知っていたのだ。
「オーブ……それはガイエン国のよく使う単語だ。彼らも以前は宝珠を持っていたはずだが、いつしか失われたと聞く」
「どこに行ったとかはわかんねえのか? そもそも、オーブってどんだけあるんだよ」
「…………」
「余所もんには話せないってか?」
黙り込むジェレミアに、サエリクスの声色も険を帯びる。それに臆したわけではなかったが、ジェレミアは迷いながらも口を開いた。
「……宝珠は、計り知れない力を秘めた、国の宝だ。宝珠が王を選び、王が正しく使うことで陰と陽のバランスが保たれ、世界は安定すると言われている。このアウストラルには二つ、宝珠がある」
「二つ!? この小せえ島に!?」
「そんなに小さくないだろう? まぁ、それはさておき、宝珠のひとつは僕たち聖堂騎士が、もうひとつは魔術の権威であるノレッジ侯爵家が守っている」
「ノレッジ……」
「大陸で言えば、聖火にひとつ、もしくはいくつか存在しているし、東の果てにあるマルクートにもひとつ確実にある。宝珠は世界の安定のために各地にひっそりと埋まっているという話で、そのため、どこにあるのか、いくつあるのか、ということは断言できないんだ」
「ふ~ん」
ならば、わざわざ警備の厳しい場所に忍び込まずとも手に入れられるかもしれない。もちろん、場所の分からない物だ、見つけるまでに何年もかかるかもしれない。
(それよりもグレイルと合流してクソッタレのフード野郎を殴った方が早いかもなぁ)
サエリクスが考えている間にも、ジェレミアは淡々と言葉を紡いでいた。
「それに、宝珠を扱える者は限られている。仮に誰かが宝珠を手にする機会があっても、それを扱いきれないのでは意味がないだろうな。見れば、触れれば、誰にでもわかる。その宝珠がただの宝石でないことは」
「そうか。ありがとよ、参考になったぜ」
「いや、構わない。サエリクスは勉強熱心なんだな。この世界のことを知りたいと言われたときには驚いたが、同時に嬉しかった。貴方たちの道行きに幸あらんことを。僕にできることはそう願うだけだ」
「いやいや、旅費も出してもらっただろ。それより、あの……眉毛のことは大丈夫かよ。こんな職で恨みを持たれたまま過ごすのは色々と危険だぜ」
「心配には及ばない。だが、ありがとう。ヨックトルムとはよく話し合う。案外、仲が良いんだ」
「……なら、いいけどよ」
サエリクスは深くは突っ込まなかった。本人がそう言うなら大丈夫なのだろうと思ったのだ。ジェレミアが言うのだからというのもあった。しかし、このしこりが別の大事件に繋がることになるのを今はまだ、誰も知らない。
* * * * * * * * * * * *
ゾウ車の出発に間に合うように、聖堂騎士団から馬車を貸してもらった二人はクラベルまでそれで行くことになった。見送りにはジェレミアたちやカイヤだけでなく、非番の騎士たちも来てくれていた。
ジェレミアがディールの前に進み出て、握手を求めると、ディールは頷いてその手をしっかり握った。
「世話になったな」
「こちらこそだ、ディール。そうだ、終着のカリヨンは僕の生家であるリスタールが治めている土地だと言ったろう? 姉は王都にいるが、もしかしたら何か情報を寄越しているかもしれない。助けになるか分からないが、一度寄ってみてくれ」
「わかった。じゃあ、手紙は確かに預かったぞ」
「よろしく頼む。……ディール、サエリクス、貴方たちと出会えて良かった! もっと戦いたかった……!」
最後まで戦闘脳なジェレミアに、サエリクスは苦笑しながらその炎髪をポンポンと叩いた。
「じゃあな」
「ああ。サエリクスも気をつけて!」
「おう」
ディールとトムは視線を合わせたが、結局何も言葉にはしなかった。トムは口の端を吊り上げて肩をすくめ、ディールはただ頷いた。それだけで通じるものがあった。そのまま背を向けようとしたディールだったが、それを許さないのがポムである。
「オッサ~ン、なんにも言わずに行こうとするとか、冷たいんじゃないっすか~!?」
「オッサンじゃない、ディールだ、このトマト頭」
「あっ、ひっでえ! トマトソースかぶっちまったのはオッサンのせいじゃないっすか~!」
ジャンプして背中におぶさってくるポムを適当に払い落としながらディールは迷惑そうに言う。「何度言っても名前を覚えない鳥頭だ、まったく」とはディールの言だが、他から言わせると彼も同レベルだ。
「最初はどうなることかと思ったっすけど、楽しかったっすよ、オッサン。ピッツァもありがとっす! ごちっした!」
「気に入ったなら良かったな。手際はひどかったが、そこのバ……ベイジルがいればなんとかなるだろ」
思わずバジルと言いかけたディールだった。ベイジルやロクフォールとも握手を済ませている横で、サエリクスは旅の途中で出会った聖堂騎士カイヤと別れの挨拶を交わしていた。
「一緒に戦ってくれてサンキューな。お互い、生き残れてラッキーだったぜ」
「ああ、貴方には本当に感謝している。これで分隊長たちの墓に良い報告ができる。ありがとう、サエリクス!」
「お、おう……」
涙ながらに両手を握りしめられ、思わず仰け反るサエリクスだった。そのカイヤはオリヴァーの形見の剣を抱きかかえている。あの気のいいイーサンとまだ若かったオリヴァーの仇を討つことは、彼にとっての悲願だったのだ。
「それじゃあな」
「ああ。道中の安全を、そして無事に目的を果たせるよう願っている。あと……少ないんだが、これを」
「あ? いや、でもよ……」
「私のことは心配ない、後は帰るだけなのだから。さあ、もう行くんだ。さらばだ、サエリクス!」
「ああ、そっちも元気でな!」
二人を乗せた馬車は、リリオを離れクラベルまで無事に辿り着いた。ここからゾウの車で八日、そこから王都までは別の馬車で三日の旅だ。




