第7話
バトルBGM
Raging Phoenix OST (by Kanisorn Phuangjin) 27 / Heart of Meyraiyut
サエリクスとジェレミアのバトルは大勢のギャラリーに見守られながらのものとなった。当然ながらサエリクスは完全にアウェーである。しかし、追い払っても隙間から覗いてくるのだから仕方がない。ジェレミアはライダースーツのような革のツナギ姿で髪の毛を三つ編みにしていた。
対するサエリクスはアンダーシャツに綿パンツとラフな格好に、拳を保護するための手袋をつけている。フィールドは屋内とはいえ固められた土が剥き出しの、単に四角く区切られたリングだ、線外に出ても反則にはならない。どちらかが倒れるまでの単純なバトルだ。
「さっさとお前を倒して、ピッツァを一番にいただくのは俺だ」
「サエリクス、もう生地の発酵終わったぞ。焼くだけなら一分かからん」
「早いな!?」
「高火力だからな」
そんな漫才のひと幕もありつつ、サエリクスとジェレミアは向かい合った。二人、ゆっくりと円状に歩みを進め、立ち位置が反転する頃、構えながらも攻めあぐねているようなジェレミアにサエリクスは言った。
「殺すつもりで来いとまでは言わねぇよ、けど、遠慮なんかすんな。互いに加減が利かねえような素人じゃねえんだ、楽しもうぜ、この機会を。あんま生ぬるいことやってっと、初撃で捩じ伏せて終わりにすんぜ?」
「それは困る! ……では、お言葉に甘えて、いつも通りいかせてもらおう!」
サエリクスは「そうこなくっちゃな!」と笑った。ジェレミアを見る限り、スタミナは長くは続かない、きっと速攻で勝負を決めにくるはずだ。そして、それなら狙いは足だ。ジェレミアがローキックを交えた攻撃で足を削りにくると考えたサエリクスはジェレミアの動きを注視した。
「やっ!」
「チッ!」
サエリクスは舌打ちした。ジェレミアが一瞬で天井付近まで跳び上がったのだ。意表を突かれたがその可能性を考えていなかったわけではない、頭上からの攻撃に対し構えを取ったそのとき、ジェレミアの体が急に消えたかと思うと彼は真下にいた。
(これがディールの言ってた重心移動かっ!? 間に……合わねぇ!)
ジェレミアはその柔軟さを活かし、床ギリギリまでしゃがみこんでいた。そこから繰り出される床を掃くような足払い――ジャンプ蹴りに見せながら、しかしその実セオリー通りの下からの攻め。サエリクスの反応速度が良すぎるのが仇となった。この足払いは下手に避けようとすると、そのまま足を持っていかれる。
「はっ!」
「ぐぅっ!」
辛うじて硬い踵の部分をずらし、蹴りに耐えたサエリクス。逆に下段回し蹴りの要領でジェレミアの右側頭部を狙う。
「らぁっ!」
「っ!」
ジェレミアはそれを右腕で受け止めたが、その重さに呻いた。それに構わずサエリクスは容赦のない蹴りを数度叩き込む。それらを両手でガードしていたジェレミアだったが、その間に体勢を整え立ち上がってまずは高めに左の回し蹴り。サエリクスが上半身を反らしスウェーで躱したところへ肉薄し懐へ入り込んでボディブローを連撃で叩き込む。
「やっやっやっやっやっ、ぃやぁっ!」
「っぐ! こんの……!」
「っ!?」
苦しい体勢から繰り出した左手は、八卦掌の基本的な――手指を大きく広げ親指と人差し指で八の字を作る形で、ジェレミアのわずかに開いた脇を狙う。サエリクスが肋を砕くつもりで伸ばした手を、ジェレミアは跳び退さることで回避した。
(今、何が起きた? 何を、されそうになっていた……?)
ジェレミアは初めて感じた奇妙な感覚に驚きを隠せないでいた。ただ触れられそうになっただけに見えた左手。だが、その瞬間に走った悪寒は魔獣の爪が脇腹を掠めた刹那にも似ていた。
(避けたな……)
サエリクスは攻撃を見切った、もしくは動物的な勘で察知して避けたジェレミアに感心していた。フッと強く短く息を吐き出す。
今の攻撃、一見、何の変哲もない無手に見える。だが八卦掌の使い手であるサエリクスには、わき腹に触りさえすればそれだけで骨にヒビを入れることができるのだ。今まで目にしたことのない、得体の知れない攻撃にジェレミアの呼吸が乱れた。額からツーと汗が滴る。その隙をサエリクスが見逃すはずはなかった。
「っ、だっ、やっ! はあっ!」
「かっは……!」
軽やかに踏み込み、長いリーチを利用して一方的に拳を繰り出すサエリクス。辛うじて受け止めていられたのは三発まで、最後の掌底は誘導されてガラ開きの心臓に綺麗に決まった。
ジェレミアが吹っ飛ばされ、板張りの壁に叩きつけられてから観客の罵声がすごい。怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、サエリクスは鼻を鳴らした。
(肋は砕いた。二、三本はイッてるかもな。心臓バンプされて、立ち上がって、くるか……?)
エリーゼの話では、聖堂騎士は例え骨折しても魔術で骨を固定して戦いを続けるらしい。ならば、並のファイターでも立ち上がれないことがあるほどの、急所への衝撃すら堪えて、挑んでくるだろうか。あの、少女のように美しく、無邪気な笑みのジェレミアは?
そう思いながらもサエリクスのつま先はすでに期待に疼き、口許には笑みが浮かんでいた。砕かれた壁材がパラリと落ちる。ユラリと体を揺らしながら立ち上がった聖堂騎士。その表情は俯いていて見えない。観客が息を飲む。
「………………」
ジェレミアは笑っていた。血に餓えた獣のような眼で、戦うのが楽しくて仕方がないというように笑っていた。サエリクスもまた、凶悪とも言える笑みを深める。
ジェレミアが疾って飛び蹴り、それを躱されたかと思うと着地した足を軸にさらに体ごと回転しながらのキック。術を駆使した強引な重心移動、そこからのスピード連撃によってジェレミアが押していく。的確に顎を狙ってくるハイキックをいなしながらサエリクスはわずかずつダメージが蓄積していくのを感じていた。だが、ジェレミアが優位に見えたのはそこまでだった。
ジェレミアの右のミドルキックを、サエリクスは脇で挟むようにガッチリと抱きかかえ右の拳を叩き込む。ジェレミアはそれを両腕を寄せ盾のようにしてガード。だが、さすがに長くはバランスを維持できない。
「おらっ!」
サエリクスは体勢を崩したジェレミアを床に投げつけた。しかしその手応えはまるで羽根のように軽く、ダメージを与えられない。ジェレミアは軽やかに前転しつつ立ち上がろうとする。
「もらったぁ!」
サエリクスの狙いは最初から、転がった姿勢から戻ろうと動く無防備な瞬間だった。八卦掌の流れる動きで素早く詰め寄り、連続で掌底を打ち込んだ。
「ぐっ! あ……があっ……!」
ジェレミアはガードするも横から吹っ飛ばされ、今度は立ち上がれなかった。