第6話
「勝負~? そりゃ、別にしてやってもいいけどよぉ~」
サエリクスは十センチ近く低いジェレミアのすぐ側まで行き、じろじろと無遠慮にその体つきを眺めた。鎧を脱いだ姿を改めて見てみると、なんとも細い。体軸はしっかりしているしガリガリではないものの、可愛らしい顔もあいまってそう強くは見えない。それに何と言っても小さい。
一般に、対人戦闘においては体格が大きい方が有利だと言われる。なぜなら、手足の長さが違うことによりリーチに優劣がつく。リーチは長い方が有利だ。無手であるときに武器を持った相手に勝つのが容易ではないとされるのもこれが理由だ。相手に届かなければ、どんなに強くても意味がないのである。
次に重心、そしてスタミナだ。特段何もしなくても単純にこれらは体が大きい方が安定している。さらに言えば、打撃のダメージだってそうだ。鍛えていたり武術に精通している方がもちろん強いが、同じ条件なら体格が良い方が勝つ。柔道などのスポーツ競技において、体が小さい選手がこれを覆すには相当の苦労と経験が必要ということだ。
もちろん、小柄な方が有利な点だっていくつもあるだろう。敏捷性、しなやかさ、死角に回り込みやすいこと……だが、それがあってもジェレミアに負けるとは思えない。
では、ジェレミアが武器を持っていればどうだろうか。実際の戦いぶりを見ていないので何とも言えないが、この小柄な青年も聖堂騎士、カイヤと同程度には戦えるのだろう。その場合、サエリクスの方が不利にはなるが、いざとなれば武器を奪い取ろうとした時に発生する音と閃光で驚かせて、その隙にチェックメイトだ。
「どう考えても、良い勝負ができそうにないんだよなぁ。わりぃけどさぁ」
「それを確かめるためにも、一度手合わせ願いたい。ディールと戦ってそちらの条件はわかっているつもりだ。僕も鎧や武器は使わない」
「へぇ。で、どっちが勝ったんだよ? ……そうか、お前が勝ったのか。面白れえじゃねえか」
サエリクスの笑みが凶悪さを帯びる。ジェレミアがディールに勝ったのを知り、闘争心が熱くなったのだ。とはいえ、まだまだジェレミアとのバトルは期待するほどではない。
「別に、武器を使ったって良いんだぜ? 素手と武器とじゃ動きが違うだろ。慣れた方で来いよ」
「確かに武器を持ったときとでは動き方が違う。それに戸惑う者もいるだろう。しかし、僕は例外だ。朝晩のトレーニングはすべて素手格闘だからな、無手の動きにもきちんと慣れている」
「へぇ、そーかよ」
「ジェレミア、魔術は使った方が良い。サエリクスは俺よりさらに強い。現役の軍人だからな。その体格差とスタミナの弱さを補うのに、いつも使っている白術が絶対に必要だ」
「しかし……」
ディールが淡々と口を挟む。ジェレミアをは難色を示したが、続くディールの言葉に頷くこととなる。
「サエリクスは手練れだ。どんな相手にも戦い慣れてる。このままじゃ奴を楽しませることすらできないぞ」
「……わかった。ディール、貴方がそこまで言うのなら」
「話はまとまったか? んじゃ、早速だがどこでやる? ディールがピッツァを焼くってんだから、手早く終わらせて、腹が空いたタイミングで食いたい」
「修練場を使わせてもらおう。許可を取ってくる。……それと、こちらは武器も防具も使わないが、身体を強化する術だけは使わせてもらって構わないだろうか?」
「ああ、構わねーぜ。聖堂騎士とやらの戦いがどんなもんかは知らねえが、お前はその肉体のハンデを魔術で補ってるんだろうからな。瞬殺じゃ面白くねえ、全力で掛かってこいよ」
「もちろんだ! じゃあ、僕は許可を取ったり、準備をしてくる。修練場の場所はディールに聞いてくれ!」
言うが早いか、ジェレミアは走っていってしまった。残されたディールはサエリクスの肩を叩く。
「魔獣は強かったか?」
「お? まぁ……マジの化け物だがよぉ、ドラゴンよりは威圧を感じねぇな。当たらなきゃただのワン公だぜ。残念ながら仲間にはできなかったけどな」
「そうか。お前こそ体を痛めたりしてないのか」
「いや、ない。幸いにな。疲れは寝たら取れた」
「どこの戦闘民族だ」
「抜かせ」
強がりで言っているようには見えない。サエリクスが自分でそう言うならそうなんだろう。本気のサエリクスと術の使用を解禁したジェレミア、どちらが勝つかはディールには分からなかった。
「ジェレミアとは一度だけ、魔術も武器も封印して戦った。あれでもお前と同じ現役戦闘職だからな、勢いに押し切られた部分もある。ただ、魔術を使った鍛練じゃ、速さと重心移動がデタラメだ。聖堂騎士を同じ人間と思わない方がいいかもな」
「ふぅん。初見だと案外面白い勝負になるかもな」
「ジェレミアはしつこいぞ、足を取られないように気をつけろ。下手な一撃をもらうと、治療は期待できないからな」
「わかってるわかってる。俺はいつでも冷静だぜ」
軽く笑ってうそぶくサエリクスだった。