表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
第一部 チャプター1:強制ミッション
4/122

第3話

 少しは何か腹に入れておかないとこれから辛いだろう、とサエリクスは思った。東京に着いて夕食を摂ってから何も口にしていない。喉が乾いていたし、アルコールを分解するためにも水が欲しかった。


 そのためにも毒味は必要だ。仕方ないな……と思いつつ、サエリクスはパンを受け取ってちぎり、半分をエリーゼに差し出す。彼女はそれをそのまま口で受け取って、むしゃむしゃと食べてしまった。


「うん、おいしい」


 そりゃあそうだろう、冷えてはいるがショートニングやらマーガリンじゃない、本物のバターの良い香りが漂っていた。


「……毒は入ってねえみたいだな」

「だから入ってないって。他のも食べてみようか?」

「いや、いい」


 エリーゼが持ってきたトレーには丸パンの他にスープと羊のスペアリブが載っていた。しかし、この状況で味わって食えと言われても到底無理だ。サエリクスが難しい顔をして少しずつそれらを食べている様を、彼女はじっと見守っていた。


「ねぇ、アンタ名前は? どこから来たの? 家族はいる?」

「サエリクスだ。地球から来た。家族は居る」

地球(ラ・テッラ)?」


 エリーゼは真剣な表情を作って言った。


「家族がいるなら、帰らなくっちゃ。アイツの言いなりなんて嫌だろうけど、ここにこのままじゃアンタ死んじゃうよ、サエリクス。……アタシもアイツは嫌い。アイツは……クズさ!」

「そんなクズに従えってのか? どんな奴なんだ、あいつは」


 エリーゼはうつむいた。その肩が震えている。泣いているのだろうか? やがて彼女はポツリポツリと語り始めた。


「アタシの妹は人質に取られてるんだ。アイツは人望がないから、自分でそれがわかってるから、卑怯なやり方で他人を従えてる。だって忠誠は金じゃ買えないだろ?」

「…………」

「でも、ひとの命なら買えるのさ。上から役に立たないと判断された弱い人間は、街を襲ってくる魔物に投げつける囮になるか、実験動物みたいに扱われるんだ、この、ガイエンって国じゃあね。

 あの野郎は、ジュードは、その実験動物をいつどうやって使うかを決められる。アタシが役に立ってるうちは、あの子は無事なんだ。……ね? とんでもない話だろ?」


  顔を上げて微笑みを浮かべるエリーゼ。その瞳は乾いていて、逆に哀れみを誘った。だが、そんな話を聞かされてもサエリクスの心は冷えきったままだった。


 むしろ、ますます協力する気が失せる。そもそもジュードという奴は、自分の都合で勝手に違う世界から呼んでおいて、あの態度だ。要らなくなったら平気でポイッと捨てられる未来しか見えない。あの男に利する行為は、それがどんな善行だってしてやりたくもないというのが本音だ。


 だというのに、ジュードが宝珠(オーブ)を求める理由が、ガイエンとかいう国が覇権を握る為というんだったら尚更だろう。嫌な予感がビリビリする。


 サエリクスは皮肉を込めてエリーゼに問う。


「話はだいたいわかったけどよぉ、結局俺はどうすればいいんだ? あいつに従うしかねえのかよ? それに、俺がお前の妹を助けるべきなのか?」

「そうさ。アンタには協力してもらう。どのみち、アンタだってそうするしかないだろ。……だってここから出る手立てなんかないんだからさ」


 エリーゼは開き直ったようにニヤリと笑った。ジュードにとって、彼女は決して裏切らない駒なんだろう。そして彼女にとっても、これは妹の身の安全を買うためのチャンスなのだ。エリーゼは熱のこもった声でサエリクスを口説く。


「アウストラルから宝珠(オーブ)を取ってくれば、アタシは妹と別の国へ行けるし、アンタも帰れるんだよ。だから、一緒に宝珠(オーブ)を盗みに行こう、サエリクス」


(要するに、ここから出ちまえば良いんだよな? だったら……)


  サエリクスは普段あまり使わない頭をフル回転させる。この檻から出られさえすれば逃げ出すチャンスがあるはずだ。


「……わーったよ、しゃあねえ。あんなクズのために働くのは御免だが、この世界で暮らすのはもっと御免だからな」

「やったね! ……ん? この世界? まあいいか。よろしく、サエリクス」


 エリーゼが檻越しに右手を差し出してくる。 盗みに行く、というのがやはり引っ掛かるものの、一先ず握手に応じることでサエリクスは了解の意を示した。


 すぐにでも牢から出られると思っていたのだが、そうはいかなかった。エリーゼはトレーを下げると、サエリクスを置いて地下牢から出て行ってしまったのだ。そして兵士を連れて戻ってきた彼女は、彼を厳重に縄で拘束して檻から連れ出した。


 そのまま例のフードの男、ジュードに会うこともなく、まるで捕虜のようにしてサエリクスは馬車で護送されてしまった。肝心のエリーゼはいないし、大声で呼んでも顔を出しもしない。


(くそ、このまま良い様にされてたまるかよ……)


 身動き取れないサエリクスは、それでも虎視眈々と逃げるチャンスを窺い続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ