第5話
トムとほとんど入れ違いで部屋のドアをノックしたのはジェレミアだった。サエリクスにしてみれば、雪狼を倒した直後に現れて偉そうに事情聴取だの言い出した、女みてーな奴といったところだが、実際ディールとの橋渡し役でもある。ディールを連れて出ていく上ではこの男と話をしないわけにもいかないだろう。
それに、雪狼と戦った件についてもまだ何も話していない。カイヤが何を言い、どう報告したかは分からないが、面倒なことになっていなければいいと願うだけである。ジェレミアは改めて自己紹介をしてから、二人の前に座った。
「聖堂騎士カイヤから話は聞かせてもらった。たまたま雪狼と遭遇し、あの魔獣に目をつけられたのだと。災難だった、というひと言で片付けられる問題でもないが、まずは貴方に怪我がなくて良かった、サエリクス」
「……そりゃ、どーも」
「第四小隊のブラック分隊のことも聞いた。彼らにとっては不幸だったが、その命がけの尽力のおかげで雪狼を倒せたことも。とくにサエリクス、貴方は療術が効かないのを承知で勇敢に戦ったそうだな。カイヤが言っていた、貴方がいなければ自分はあの場で死んでいただろう、と」
「…………」
「同じ聖堂騎士として、第四小隊に代わって礼を言いたい。ありがとう、サエリクス。貴方のおかげで無駄死ににならずにすんだ者たちと、死なずにすんだ者たちがいた」
「俺は、別に。降りかかった火の粉を払っただけのことだ。オッサンには助けられたし、な……」
最初に雪狼に出遭ってしまったあの場で、イーサンやオリヴァーに逃がしてもらわなかったら、いくら氷の息が効かないといってもサエリクスは戦いの中で命を落としていただろう。彼ら二人を死なせてしまった罪悪感は、雪狼を倒して仇を討ったことでそれなりに昇華できた。実際にヤツを仕留められたのも彼らのおかげが大きい。カイヤのことも含め、彼らには感謝してもし足りない。
だが、それをストレートに言葉にするサエリクスではなかった。ジェレミアの感謝にも少し斜に構えた返答になった。
「我々としては、貴方の協力に感謝をしている。第四小隊が雪狼を討たずに見て見ぬ振りをしたことも、ヤツがこちらへ来る可能性があることを知りながら連絡を怠ったことも、咎め立てることは山ほどあるが貴方には直接関係のないことだ。このままどこへ行くなり、自由にしてもらって構わないということになった」
「あん? ちょ、ちょっと待てよ、そこは感謝の印に何かくれるとか、そういう流れじゃねえのかよ? どこへ行くのも自由っつーのは、実質何もフォローしねえって意味じゃねえのか」
「そうだな、何かもらえるなら金一封とかにしてほしいもんだ」
思わず立ち上がって抗議するサエリクスの横で、しれっと正直な要求を口にするディール。ジェレミアはふっと笑って言葉を続けた。
「もちろん、第六小隊としては貴方に金銭で謝礼を支払う用意がある。だが、きっと足りないはずだ。だって貴方たちは王都へ行きたいんだろう? トマス=ハリスからすでに聞き及んでいるだろうが、ディールの友人が王都にいるという情報が今朝入ってきたからな」
「ああ、聞いた。だからすぐにでも王都へ発ちたいんだが、サエリクスがあまり金を持ってないと言うんで困ってる」
「いや、全然持ってないお前が言うことじゃねえし!?」
「そこで、だ。足りない分の旅費だが、僕が出しても良い」
「……あぁん?」
サエリクスは訝しげに目の前の青年を見下ろした。先ほどのやる気のなさそうな赤毛から聞いた話によれば、このジェレミア・リスタールという男はすでにディールの滞在費も自分のポケットマネーから賄っているという。その上、安くないだろう王都までの旅費も出すだと……それはあまりにも話がうますぎるのではないか?
騙されてやる振りで王都まで行くのも手ではあったが、万が一ということもある。それに、サエリクスはそれほど器用ではない、疑惑を疑惑のままにしておくのは好きではなかった。それよりも、ぶん殴るでも揺さぶるでもしてスッキリはっきりさせる方がよほど精神的に安定する。
しかし、当のジェレミアはサエリクスの疑念の眼差しを、心配と受け取ったようだった。
「あ、僕の懐事情のことは心配しなくても良い。こんな仕事をしていて、もらった給与を使う当てがあまりないんだ。溜め込むだけなのも寂しい話だろう? ……あ、でもまったく使わないわけじゃないぞ、数年に一度、趣味で剣とか大きな額の買い物をするし」
「そういえばそんなことも言ってたな。羨ましい限りだ。車やってると金はいくらあっても足りないからな……いやだが、買い換えのことを考えると案外似たような生活を送っているのかもな?」
「もう少し団体行動に馴染めば、ディールは優秀な探索者として魔獣退治を仕事にできるぞ! 良い支持者を見つければ高給取りだ」
「やだよ、面倒なのは嫌いなんだと言ったろ。それに、こっちの世界じゃできない趣味なんだ、俺は帰りたい」
「それは残念だ。……いつか貴方の世界も見てみたいものだな」
「もし来ることがあったら、案内してやるか。気が向いたら」
「ありがとう、ディール!」
「…………仲良しか!」
和気藹々とした様子の二人に思わずつっこむサエリクスだった。
「で? こんな風に俺たちに親切にする理由は? 何か裏があるんだろ、どーせ」
「裏? なぜだ?」
「……なんかあんだろ。俺たちにやらせたいこととかがよ。見返りとか交換条件とか、あるなら言ってみろよ」
「あ、サエリクス、それは……」
「じゃあ、サエリクス、貴方に頼みがある。王都まで送り届ける代わりに、僕と勝負しよう!」
「……あ?」
「あ~あ」
「楽しい戦いを期待している!」と満面の笑みのジェレミアに対し、「やっぱり一度じゃ治まらなかったか」と肩をすくめるディールだった。




