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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター4:合流
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第4話

 トムが氷嚢(ひょうのう)の入った盥とタオルを持って帰ってきたとき、サエリクスは難しい顔をしてグッタリとテーブルに肘をついており、ディールは淡々とした表情で腕組みをしていた。


「……何かあったわけ?」

「いや、特に」

「特に、じゃねぇだろうがよぉ~! どうすんだよ旅費ぃ! ここにきて完全に足りなくなるとは思わなかったぜ……王都までの便が出てる街まであと少しだってのに、どうやって稼ぐんだよ」

「さぁな。グレイルがいれば、あれで書道家なんだから、客くらい見つけてきたかも知れんがな」

「いねえもんはどうしようもねぇ。お前、本当にどうやって暮らしてたわけだよ、この二週間くらい」

「…………」


 トムはディールの腕に氷嚢を押しつけると、黙り込んだ大男の代わりにサエリクスに向かって説明を始めた。


「この男は、何をどうやったのか、着替え中だったウチの分隊長サマの部屋に潜んでたんだよ。違う世界から来たって言うし、何も持ってないし、行く当てもないみたいだからジェレミアが……ウチの分隊長が面倒見てるってわけ」

「俺はちゃんと客人としてここにいるんだが」

「その滞在費はジェレミアの給料から出てるわけなんだけどな?」

「それは感謝してるが、ジェレミアにであってお前たちにじゃないぞ」

「なんだなんだ、揉めてんじゃねーぞ。っつーかディール、お前ずいぶん優雅な休みをもらったみてえじゃねぇか!」


 「こっちはずっと歩き詰めだったんだぞ!」とひがむサエリクスにディールは眉をしかめてみせた。


「そう言われてもな。こっちだって読みたい本は全部向こうだし、車はないし、やることと言ったらトレーニングか料理くらいしかなくて不自由してたんだぞ。わけもわからず追いかけ回されるしな」

「こいつ……!」

「あ~、そういえば、ジンギスカン……とかいうのを作ってもらったよな。あれも旨かった」

「ジンギスカンだと……!」

「この国は羊肉が特産らしくてな。俺のいた国の料理を食わせてくれと頼まれて作った。厳密に言えば日本料理じゃなくてモンゴルだか中国が起源らしいがな。それにしても、ここは野菜も果物も大ぶりなのに味が濃くて美味い。ただ、米はどうしてもな……。ジャポニカ米に慣れてると違和感がすごい。こっちじゃ米は甘く煮たデザート用だったり、サラダに使うんだ」

「聞いてねぇよ!?」


 サエリクスが心身ともにストレスフルな状況下にあったとき、ディールはなかなか快適な暮らしをしていたらしい。それにしてもサエリクスが羨ましいと思うのは食事についてだ。港町での食事は見ただけではあったがナポリの魚料理に通じるものがあった。それにオリーヴがふんだんに使われていたし、ワインもチーズも、まったく同じとは思わないが美味しそうなものが並んでいた。


 だが、森に入ってからは食卓に並ぶメニューがガラッと変わってしまい、食べられないわけではなかったがいつもの味が懐かしくなったものだ。自分で食材を調達して食事を作れれば良いのだが、普段料理をしないサエリクスでは、ディールのようにはいかないのだ。


「くそ……ピッツァ食いてえ~。パニーノ以来、何食っても食った気がしねえ~」

「ピザか……作るか?」

「作れるのか!?」

「本格的なもんじゃなくたって、トマトソースがあればそれらしく作れるだろ」

「スーゴあるのか……。今まで甘いポモドリーニばっかで、あれはあれで悪くはねえけど、デカイのはないんだとばっかり……」


 ディールの言葉にサエリクスはショックを受けた後、呆然としながら言葉を絞り出していた。スーゴとは料理の汁気やソースのことで、イタリアでは当然のようにトマトソースを指す。ポモドリーニはミニトマトの複数系だ。


 ちなみにサエリクスはイタリア語、ディールは英語でそれぞれ喋っているが、なぜかこの世界では会話のすべてが母国語に聞こえる。それも今までの異世界トリップに共通する点であり、これに次いで文字が読めることが便利な能力と言える。まぁ、不便な点が大きすぎてバランスはまったく取れていないのだが。


「こっちのミニトマトはえらく甘いよな。ここよりもっと北で採れるのがミニトマトで、南に行くとズッシリと重いトマトがあるんだ。ソースは南の方が美味い。交易に出すやつだから、現地の人間はあまり食べないそうだが」

「何でだよ! 食えよ! ひと手間かけるだけで作れるし、めっちゃ美味いのに……!」


 郷土愛を爆発させているサエリクスを尻目に、ディールはトムを捕まえて「なんちゃってピザ」の材料を要求した。本来なら専用の窯なども必要なのだが、そこは便利な魔術の使いどころ、ディールはベイジルなどを教育して調理用に新たな技を開発させていたのだ。


「また何か作るのか。多分材料は手に入るけど、腹ペコどもがめいっぱい押しかけてくるぞ」

「面倒くさい。作り方は見せるから後は勝手にやってくれ」

「そういうことなら、ベイジルのヤツを呼んでおく。……ところで、アンタら時々会話がおかしくないか? 同じものをお互い別の名前で呼んでるように聞こえて……。そんなのでよく通じるなぁと思って」

「ああ、そんな風に聞こえてるのか。俺は英語で話してるんだが、あいつはイタリア語で話してるんだ。そのせいだな、きっと」

「……悪いけど何言ってるのかサッパリだ」

「お前はまだ信じてないだろうが、俺たちが本当に別の世界から来たっていう証拠みたいなもんだよ」

「別の世界、ね……」

「こっちの世界の言葉は俺たちの世界のものにも似ているぞ。特に名前の響きがな。ロクフォールにベイジルにポムなんて、ピザの材料みたいだと思ってたんだ」

「それ、本人に言わないでくれよな。一緒にするなと怒り出すから」

「そうか?」

「……そうだろ」

「ちなみにお前とジェレミアも、愛称で呼んだら有名なアニメのキャラクターそっくりなんだが」

「かーとぅーんって何だ……? いや、もういい。何も言わないでくれ……」


 トムは疲れた顔をして、ディールに言われた材料を調達するべく部屋を出て行った。

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