第2話
「ふあーあ、眠て……」
大きなあくびをしつつ、食堂までの廊下を進むディール。そのまま気だるげな表情で配膳台に並び、毎朝日替わりで配られているセットを受け取って食堂の隅のなるべく目立たないテーブルにつく。もさもさと丸パンを頬張っていると、そんな彼に近付いてくる人物がいた。
そのまま許可も取らずに向かいの席に腰かけ、同じようにパンを食べ始めたのは、赤毛は赤毛でも、やる気のない方の赤毛、トマス=ハリス・ラペルマだった。ディールの方を見もせず、トムは勝手に話し出した。
「まあ、見事なまでの瞬殺だったな。あの、腕で迎え討ったのは何ていう技なんだ?」
「ラリアット」
「ふぅん?」
「興味ないなら聞くなよ。で、何か用か」
「ん~。お仲間、見つかって良かったなって」
「ああ……」
トムは中途半端なところで言葉を切ると、セットについていたカップスープを口に運んだ。そしてひと息置いて続ける。
「アンタが探してたグレイルってひとさ。さっき王都から連絡が回ってきたんだ」
「……え? ちょっと待ってくれ。やっぱりグレイルもこっちに来てたのか?」
「おいおい、探してたのはアンタだろ……」
マジマジとディールの目を見据えてきたトムの薄い翡翠色の瞳の奥に、怒りのような感情がひらめく。
「確証はなかった。一緒に巻き込まれたから、この世界にはいるんじゃないかと思ってはいたがな」
「ああ、そう。じゃあ、仕方ないな」
すぐにそれは収まり、いつものシレッとしたニヤケ面に戻る。
「水色と黄緑に分かれた髪の毛に、名前。まずお探しのグレイル・カルスで間違いないぜ」
「ああ、そうだな」
「で、サエリクスってヤツも仲間なんだっけ? 今頃そっちも起きてメシ食ってる頃だろうし、早く行ってやれば?」
「ああ、うん。まぁ、見つけてくれてどうもありがとう、か。それは言わせてくれ。サエリクスにも会いに行く。だが、先にメシを終えてからだ。腹が減っては戦は出来ぬ、って言うしな」
「それは同感だな」
二人は食事を再開したが、ディールの心中は複雑だった。サエリクスがこっちに来ていると知らされ、それが事実かどうかもまだ確かめていないのにさらにグレイルまで見つかったと言われたのだ。安心する気持ちもあったが、どうもこう、立て続けだと不安にもなる。騙されていないか、罠ではないのか、と。
ここの聖堂騎士たちがディールを罠に嵌める理由なんてないとは思う。だが、そもそもこの世界にディールたちが連れてこられた理由すら明らかになっていないのだ、用心するのは悪いことではないだろう。ズッキーニの炒めものをつつきつつ、ディールは、目の前の男からグレイルの話をもう少し聞き出しておこうと思った。
「なぁ……」
「アンタにお仲間が見つかって、こっちもようやく通常任務に戻れる。まぁ、なかなか楽しくはあったかな」
「そうか?」
「なかなか、な。……最初はジェレミアのヤツの邪魔にしかならないんじゃないかと思ってたんだよな。それこそ、アンタが怒ってここから出ていってくれればいいなぁとか考えて、今思い出せば失礼な態度も取ったよなぁ」
「やっぱアレわざとだったか」
「あれは、俺が悪かった。すまない」
「別に気にしてない」
遠回しに「出ていってくれ」とやる方もやる方だが、薄々勘づいていながら出ていくつもりはまったくなかったディールもディールだった。実際は、謝られるほどにあからさまでもなかったし、実害はまるでなかったと言える。
「ところで、グレイルについてもっと話を聞かせてくれ。あいつは無事なのか? 今どうしてる?」
「うん? ああ……、王都でジェレミアの姉の世話になってるそうだ。探索者の“庭”にも登録して、向こうもアンタのことを探してたらしい」
「そうか。あ、それで、その探索者って何だ?」
「ん~。イマイチ説明が難しいな。そうだな……この国では、一般人にもある程度の武装が許されてる。そして、探索者たちは国にも聖堂にも属さない、ある意味一般人の集まりなんだ。彼らは金で仕事を請け負う。旅の護衛をしたり危険な魔獣を追い払ったり。探し物や尋ね人、誰かが欲しがる品物を交換してきてやったりとかな。時にはもっと非合法なこともやる。だが、罪人を捕まえて司法に突き出したりして金をもらう連中の方が多いかな」
「要するに、フリーランスの賞金稼ぎ兼探偵みたいなもんだろ」
「ずいぶん飲み込みが早いな」
「どこの世界にも似たような仕事はあるってことだ。あ、別に俺がやってたわけじゃないぞ」
「似合いそうだけどな。……それにしても、アンタらはよっぽどジェレミアに縁があるらしいな。姉さんにしたって、何をどうしたら探索者になんて出会うんだか。今は大学で勉強中じゃなかったっけ」
「王都は広いのか? 向こうで帰る手段が見つかってくれれば良いんだがな」
「帰る手段、ねぇ。見つかるといいね、それ」
「……ああ」
曖昧な言い方をするトムに対し、ディールは何も言い返さなかった。腫れ物を触るようなこの扱いにも、もう慣れた。ここの騎士連中は悪いヤツらではないが、ジェレミア以外、マレビトの存在も別の世界の存在も信じているわけではないのだ。だから、こんな変な目で見られることにも、嫌でも慣れるしかなかった。
(とっとと帰りたいぜ)
ディールが本当の意味で頼りにできるのはまず自分自身、サエリクスとグレイル、そして全面的に信じて協力してくれているジェレミアくらいなのだった。