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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター3:人外とのバトル
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第10話

「終わった、のか……」


 雪狼の蒼炎を宿した瞳から輝きが失せ、その牙の間からダラリと舌がこぼれ落ちたのをサエリクスが確認したとき、背後からよろよろとした足取りで聖堂騎士カイヤが現れた。彼の左半身は睫毛まで霜に覆われており、このまま放っておけば凍傷になりかねない有様だった。


 彼もまた、サエリクスの援護をすべく保身を捨てて全力で陽の気を振り絞ったのだ。雪狼が息絶えるまでに放たれ続けた冷気を浴び続け、あと少しでも戦闘が長引いていれば、自身を回復させる気力も尽きて死、もしくは障害が残っていたかもしれなかった。


 満身創痍の聖堂騎士は、サエリクスの足元に横たわる巨大な躯の前へと跪くと、その左目から長剣の柄を引き抜いた。そして、芯の歪んだそれを押し抱き、カイヤはしばし黙り込んだ。イーサンにオリヴァー……喪った仲間の冥福を祈っていたのかもしれない。やがて立ち上がると、カイヤはサエリクスに右手を差し出した。


「ありがとう、サエリクス。結局私は無力だったな……」

「まぁ、頑張ってたんじゃないのか」


 実際のところ、サエリクスは雪狼との戦いに夢中で、カイヤに目を向けている暇などなかった。それに、魔術の効かないサエリクスでは、彼の尽力もまた真の意味では理解できない。それでも、カイヤがこんな姿になっても諦めなかったこと、最後の隙を作ってくれたことをサエリクスは労ったのだ。


「フッ、そうだな。……本当にありがとう。貴方には感謝してもし足りないくらいだ」

「よせよ、ったく……そういうの、カユくなるぜ」


 カイヤもまた、形式的な感謝の言葉だけではなく、心を込めた握手でもってその気持ちを伝えた。死線を生き抜いた男たちは、互いに短いながら健闘を讃えあい、さっそく事後処理に目を向けた。


「さて、これからどうしようかと言うところだが」

「早く町まで送ってくれ。情報を集めなきゃな」

「私としてもそうしたい。それに、イーサン分隊長たちの墓前に挨拶をしにさっさと帰りたいところだ。だが、そうもいかないようだ。……リリオの聖堂騎士がやってきた」


 カイヤが遠くを指さしたのと同時、凍りついた植物を掻き分けて白銀の鎧の騎士たちが姿を現した。彼らは十五人。彼らは最初、雪狼を警戒していたが、ヤツが死んでいるのを確認して部下たちは検分を、その上司に当たる三人がサエリクスたちの前に進み出た。


 二人を従える形でやってくるのがこの中で指揮を執る隊長格なのだろう。その人物は立ち止まると、フルフェイスを脱ぎはじめた。カイヤは背筋を正してやや緊張気味に、サエリクスはやや剣呑な目でそれを眺めていた。やがて兜を開いて現れたのは燃えるような紅い髪で、白い頬を上気させた女性のように麗しい騎士だった。


「我々は第六小隊の者だ、魔獣と戦っていたのは貴公らか」

「だったら何だってんだ? 欲しいならやるから、早くその死んだ奴片づけてくれねえか」


 獣臭えからよぉ、とうんざりした様に吐き捨てるサエリクス。元々、地球に帰る手がかりを探しに王都へ行く途中、魔獣につきまとわれて仕方がなく撃退しただけなのだ。これ以上はもう面倒くさいことも、タイムロスも御免だ。


「すまないが、詳しい事情を聞かせてもらいたい。ご同行願おう」

「はぁ?」

「私は元・第四小隊第一分隊のカイヤ・ショートです。野営の途中で襲われてしまいました、できればまず、休める場所を提供していただきたい」


 カイヤはサエリクスに目配せした。どうやらここは下手に騒がない方が良いらしい。サエリクスは舌打ちを堪えた。


「……手短に頼むぜ」

「そんなに煩雑なものではない。ご協力に感謝する。……もしかして貴方は民間人かな?」

「そんなとこだよ。で、行くならさっさと行こうぜ?」

「すまない、よく生きていたと思って……。僕はジェレミア・リスタール、よろしく」

「ああ、そう。事情聴取だったらそこで纏めて話すから、さっさと連れてけよ」

「彼はサエリクス。決して怪しい人物ではない。それは私が保証する」

「そうか。では、とにかく行こう。聴取は半刻後で構わないか?」

「いつでもいいぜ、と言いたいとこだが、あんたらの言う場所までどれくらいかかる? 聴取ってやつが始まるまで俺は寝る。ってか寝かせろ」

「ふむ。だいたい四半刻というところかな」

「三十分か……じゃあ休み時間も三十分しかねえじゃねーか。寝れねえなら俺はいかねえ。やっぱ三時間後に変更だ」

「疲れは術で癒そう。聴取が終われば好きなだけ寝んでもらって構わない」

「術なんかで疲れが取れねえから言ってんだよ……」


 ついつい弱音がこぼれ落ちた。それをジェレミア聞き逃さず、その意味を悟って驚きの表情に変わった。


「もしかして、ディールと同じ……!」

「は?」


 サエリクスは思わず大きな声を出していた。

 今、ディールと言ったか。あのディールのことなのか。いや、もしかしたら別人かも知れない。しかし……!


 サエリクスはジェレミアの両肩を掴んでガックンガックン揺さぶる。


「そうか、貴方もマレビトなのか! 良かった、仲間が見つかって……わわっ」

「おい、今ディールって言ったか!? ディールって言ったのか!?」

「ちょ、ちょっと待っ!」

「だったら俺を連れて行け! 早くしろ!!」


 周囲の聖堂騎士たちが色めき立ち、ジェレミアからサエリクスを引きはがそうとするが、それをジェレミアは制止した。


「わかった、では、急ごう」


 サエリクスは興奮のあまり疲れを忘れ、三十分ほどの山道を慣れた彼らと変わらぬ勢いで踏破した。やがて遠くの空が明るくなる頃、彼らの言う駐屯地までやってきたサエリクスは案内された部屋でひとり待つことになった。椅子に座った状態で壁に背を預け、完全に眠ってしまわないようにする。しかし……、やがてやって来たジェレミアは申し訳なさそうに肩を落としていた。


「すまない、ディールは……後で来るそうだ」

「ああ、そう。じゃあゆっくり寝る。来たら起こせよ」


 改めて与えられた部屋のベッドに、サエリクスはブーツを履いたまま横になる。警戒だけは忘れてはならないが、まずは、疲れを取ることが先決だと、横向きで目を閉じた。

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