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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター3:人外とのバトル
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第9話

 雪狼の咆哮にサエリクスは耳を塞いだ。まるで音の爆弾だ、こんな近距離で食らえば真剣な話、鼓膜が破れる。今こそ軍の備品のイヤープロテクターが手元に欲しい。


 見た目は耳穴に差し込むだけの小さな耳栓に過ぎないが、大きな音だけを防ぎ、話し声は拾うという特性があり、爆音の続く中でも通信が可能になっている最先端のテクノロジーの産物である。イーサンやカイヤたち聖堂騎士が間近で咆哮を聞いても平気なのは、おそらくイヤープロテクターと同様の効果がある魔術を使っているからだろう。


(傷は治せねーし、武器は使えねーし、便利な魔術は効果ねーし。どうなってんだ、この世界は!)


 あのやかましい口を閉じさせてやるとサエリクスが雪狼を睨んだとき、冷えた空気が吹きつけ、辺りの植物が凍りついていっていることに気がついた。大地を氷が覆っていく。そのとき、サエリクスは雪狼の幼体の最後の一匹を打ち砕いたところだった。絶命したその個体も、見る間に白く冷えていく。カイヤの叫び声が聞こえた。


「なっ!?」


 何が起こったのか。咄嗟にカイヤを振り返ったサエリクスが見たものは、片膝をつき、地面に突き刺した槍に取り縋って雄叫びを上げている聖堂騎士の姿だった。その体はびっしりと霜に覆われ、だが、熱い蒸気がモウモウと沸き立っていた。おそらく魔術で雪狼の異能に対抗しているのだ。


 巨大な雪狼はそんなカイヤを満足そうに眺め、噛み合わせた牙の間から氷の息を吐き出した。その、油断しきった雪狼の隙を見逃すサエリクスではない!


 ヤツが大暴れしたおかげであちこちにある折れた枝、そのうちの頑丈そうで手頃なものを手に取り、サエリクスは走った。雪狼の左側、目が潰れ視界が狭まっている側から距離を詰め、完璧に動きが止まっている狼の前肢めがけて全力で丸太を叩きつける。


「ふっ!」

『キャャッ!?』


 甲高く短い悲鳴が上がった。


 握りにくいただの木の枝で不格好なフルスイング。バキョッと嫌な音がして、狼の前肢の骨が折れた手応えがある。同時にサエリクスの腕にも鈍い痺れが走り、丸太自体もひび割れ砕けた。


 使い物にならなくなったそれを投げ捨て、サエリクスはすかさず後ろ肢へ向かう。たまらず左の前肢を持ち上げた雪狼が不埒者に噛みつこうと思ったときにはすでに遅い。


「らぁ!」

『~~~ッッ!!!』


 サエリクスは雪狼の肢の指を、踵落としでぶち割った。左の肢を二本とも折られた狼は、どうっと横倒しに地面に沈んだ。大きくもがく鋭い爪と四肢から逃れつつ、サエリクスはヤツの顎を目指した。


 その怒濤の連撃をカイヤは信じられない気持ちで見守っていた。武器も(アーツ)も扱えない、ただの民間人がここまでヤツに肉薄できるとは思っていなかったのだ。精々がサイズの小さい配下の注意を引き付け、多少の露払いができる程度だろうと思っていた。それが蓋を開けてみればカイヤですら耐えるだけで精一杯の、吐く息も凍る氷結の領域で雪狼から放たれる威圧も物ともせずに縦横無尽に動き回っているではないか。


(私も、こんな所でへたっている場合ではないな……!)


『ゴアアァッ!!』

「っくそ!」


 カイヤがサエリクスの援護に回ろうと奮起していたそのとき、雪狼の大顎がサエリクスのすぐ脇で噛み合わさった。サエリクスは短く吐き捨てると、しかし迫り来る“死”から逃げもせずその場に留まり続けた。魔術では( ・ ・ ・ ・ )傷が塞が(・ ・ ・ ・)らないと( ・ ・ ・ ・ )自分で言っ(・ ・ ・ ・ ・)ていたにも(・ ・ ・ ・ ・)かかわらず( ・ ・ ・ ・ ・)


 「ダメだ、逃げろ」とは言えなかった。現時点で彼は聖堂騎士たるカイヤよりもよほどマトモに雪狼の相手ができている。それに、今サエリクスが逃げたとしても、カイヤが噛み殺され、次いで体力を取り戻し骨を修復した雪狼がサエリクスに追いついて彼を屠るだけになるだろう。魔術での回復が望めないのなら時間をかければかけるほど、サエリクスが不利になるだけだ。


 雪狼は執拗にサエリクスを狙い、噛みつきを繰り返した。が、それが叶わないと見るや氷の息吹き(ブレス)に切り換えた。


『グルァアア!!!』

「サエリクス! サエリクス~~!」


 雪狼の咆哮。

 空気さえも凍りついてパキンと割れたような思いさえした。雪狼の口腔から放たれた氷の息はサエリクスを完全に包み込み、彼の姿を隠す。カイヤの振り絞った叫びは轟音に掻き消えた。その胸に重く絶望が垂れ込める。


「うるせえぇぇぇぇ!!」


 次の瞬間、信じられないことに煌めく白い靄から五体無事で飛び出したサエリクスは、雪狼の間抜けに開いた顎をめがけて全力のキックを叩き込んでいた。


『ギャッキャンッ!!』

「うるっせえ、黙れよ! この、この、このっ!!」


 顎に、鼻っ面に、サエリクスの蹴りが炸裂する。狼であっても急所はさほど変わらない。サエリクスの大本命は喉仏だが、そこへ潜り込む隙がない。いつ起き上がるか知れない雪狼の、もがく前肢の爪と牙を避けつつサエリクスはチャンスを待っていた。


 一方、カイヤは驚愕から醒め、攻撃のタイミングを図っていた。


(サエリクス……彼には治癒の術が効かないのではない、術そのものが作用しないのだ! だからこそエンマの回復も効果がなかったし、すぐには目覚めなかった。……なら、彼に張った【硬皮】は何の意味もないじゃないか!)


 サエリクスを傷つけさせまいと【障壁】を張ろうとするが、カイヤは遠距離に【障壁】が展開できるほど黒術には秀でていないし、【障壁】との連携に慣れていないサエリクスの動きには合わせ辛い。また、巨大な陰の気を持つ雪狼に、陰の気を操って用いる【影縛】も相性が悪かった。すぐに解かれるだろう【影縛】の拘束よりも、白術での攻撃の方がヤツの気を引けるのではないか。


「ならば! 【大焔陣】!」

「うあっち! ……くねぇ? んだこりゃ?」

『グルゥッ!?』


 雪狼の陰の気で相殺されるのを見込み、カイヤはサエリクスごと渾身の白術で焼き払った。ヤツの残った右目を赤き焔が焼き焦がし、僅かに怯んだその一瞬が命取りとなる。サエリクスの右の踵が喉仏を蹴り砕いた。

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