第7話
「ところで、こちらに抜ける獣道の途中で、雪狼の配下……幼体の死骸が複数見つかった。我々は、その幼体と戦ったのは分隊長たちとは別人だと考えている」
「……ああ、そう。だったら、俺がああだこうだ言う必要もねえんじゃねえの? もう、お前にもわかってんだろ?」
「貴方を、責めるつもりはない。戦って死んでいくことは聖堂騎士の本道であり名誉だ。だが……!」
カイヤの握りしめた拳は白く、血の気を失っていた。
「オリヴァーは、頭部を噛みちぎられていた。おそらく即死だったろう。分隊長は……ずいぶん粘ったのだろう、傷だらけで……。あのとき、一緒にいたのが私であったら、間に合っていたら、二人は死なずに済んだかもしれない。言っても仕方がないことだが、やりきれない気持ちでいっぱいなんだ……。
なあ、あのとき一緒にいたのは貴方なんだろう!? あれだけの雪狼と戦って無傷な貴方が、どうしてあの場を離れたんだ? 教えてくれ、あの日、あの場所で、何があったのか! 分隊長たちの、最後の言葉を教えてくれ! 頼む!」
「……知らねえ。俺はすぐに逃げて来たし、それだけに必死だったしな。俺たちは狼に襲われた。そして俺はオッサンに言われて逃げた。ただそれだけだぜ」
サエリクスは自分の状況だけを話すに留めた。ここで大袈裟に話を作って、ありもしないセリフを語るのはまた違うと思ったからだ。がっくりとうなだれるカイヤに、女が涙を流しながら寄り添う。
「そう、か……。貴方は、ヤツとは戦わなかったのか。それもそうだ、武器も鎧もない民間人を、イーサン分隊長が戦わせたりするはずがないものな」
聖堂騎士カイヤは、憑き物が落ちたような表情でそう言った。そして彼は立ち上がると、サエリクスを真正面から見据えた。
「ヤツは貴方を狙っている。だから、貴方の旅につき合わせてほしい。……ただし、ヤツを倒すまではここ、西部大森林に留まってもらわなくてはならないが」
「別に、構わねえけど」
「良かった! じゃあ、よろしく頼む。貴方の名前は?」
「サエリクスだ」
カイヤの差し出した手をサエリクスが指先だけ握り返すと、ガッチリ握り直して握手された。意気揚々と部屋を出て行く聖堂騎士カイヤ。後にはどこか憂いのある表情の若い女、エンマだけが取り残されるようにして立っていた。
「本当に良かったのですか? あのひとは、あなたを囮にするつもりなんですよ?」
「あ?」
サエリクスもその可能性は考えていたのだが、限りなくゼロに近いと思っていた。しかし、彼と親し気な女の言うことであれば、耳を傾けざるを得まい。だが……。
「復讐なんて無茶なこと、やめさせてください。聖堂騎士の仕事まで辞めて、魔獣を追うだなんて……」
続けられた女の言葉に、サエリクスは天を仰いだ。何とも小賢しい虚言だ。
どのみち雪狼はサエリクスの命を狙ってやってくる。カイヤが復讐に身を落とそうが、むしろ彼の手助けがあった方が好都合だ。なにせ魔法の使えないサエリクスだけでは雪狼を倒すことは不可能だ。それを妨害するということはつまり、「お前の命なぞどうでもいい、むしろひとりで食われて死ね」と言っているに他ならない。
「あーそうかい。だったらあいつに伝えておけ。お前が変な気を起こそうもんなら、俺はお前もぶっ殺すからなっ、て」
「なっ!? なんて野蛮人なの!」
修道女の頭巾のようなもので髪の毛を隠した女は、分かりやすく頬を紅潮させた。そして部屋の入り口を指さすと、ヒステリックに早口で喚き立てる。
「あなたの荷物はまとめてあります、さっさと出て行ってちょうだい! カイヤは死なせないわ!」
「あっ、そう。じゃあここがどこなのか教えろ。それから一番大きな街まで行くための金だけくれよ。それでお前らとはバイバイだ」
「お、お金をたかるの? 信じられない……」
「困っている人間を助けるのが聖堂騎士団員じゃねえのか? 俺はあの太っちょの親父からそう聞いたぜ?」
「…………。待ってて。すぐに持ってくるわ」
女は凄まじい表情でサエリクスを睨むと、そのまま部屋を出て行った。どうやらあの女はカイヤに惚れている。このままカイヤを連れて行こうとすれば面倒ごとに巻き込まれるに違いなかった。
女が戻ってくるまでの間に衣服とブーツを確認した。ベッドの脇に掛けられていたサエリクスの上着は汚れが落とされ、乾いた状態だった。すぐにでも出ていける。確認のために硝子も填まっていない窓を開け、外を見るとすでに朝日が昇る頃だった。
「……荷物と、お金よ。食べ物も入れておいたから、また行き倒れることはないでしょう。さあ、今すぐ、出て行って。彼が戻ってくる前に!」
背後からの声に振り向いたサエリクスが荷物の中身を確認すると、確かに粗末ではあったがパンや保存食が入った袋が見つかった。財布にも金貨や銀貨が入っている。
「その前に、この村の場所と街への行き方を教えろ」
「地図を見せて。……今はここ。大きな町っていうのは、クラベルのことかしら? まずここ、リリオを目指すといいわ」
「おう、サンキュー。それじゃあな」
貰うものを貰って満足したサエリクスは、女の視線を気にもせずにヒラヒラと後ろ手に掌を振ってその場を後にした。その背中に捨て台詞がぶつけられる。
「それにしても、あなたの荷物って変な服と靴ね! そんなものを大事にしているなんて、やっぱりおかしなひと!」
「俺から見りゃ、お前らの方こそ変な服と靴と……髪型だぜ」
「バカにして! もう、さっさと行きなさいよ!」
「じゃあな。せいぜい生き残れるように頑張れや。チャオ!」
女はギャーギャー騒いでいたが、サエリクスは今度こそ振り向かなかった。