第2話
「ってぇ!!」
サエリクスが痛みのあまりに槍から手を離すと、フードの男の哄笑が地下牢に響き渡った。
「はあっはっはっはぁ! はーはははは、いい気味だな、異世界人。ここでは武器は使えんよ。そういうルールらしいからなぁ!」
「ルールだ? どんなルールだよおい、説明しろ! そもそも俺はなんでこんな場所に入れられてんだよ! 何が一体どうなってんだよ!」
思わず喚き散らすサエリクスだが、ふと気がついた事がある。
(でもちょっと待てよ? 確かさっきの音と光ってヘルヴァナールで……)
そう、以前トリップしたヘルヴァナールでも似たような現象が起こった。武器や防具に練り込まれた魔力による拒否反応とやらで、サエリクスたち異世界人がそれを持つと激しい音と閃光が、そして血こそ流れないものの痛みと痺れに襲われたのだ。
(じゃあ、ここはヘルヴァナールなのか?)
フードを被った男が口走っていた、異世界人と言う言葉。それはつまり、サエリクスがこことは違う世界から来たと知っているということだ。
(俺はまたトリップしちまったのか?)
様々な疑問がサエリクスの頭を埋め尽くす一方で、牢の外ではフードの男が大きく腕を広げ、芝居がかった笑みを浮かべていた。男はわざとらしく、ゆっくりとそのセリフを口にした。
「お前を呼び寄せたのは、私だ」
「は?」
唐突なその言葉にサエリクスの思考が停止する。だったら元凶はこいつだということか。額に青筋を立てるサエリクスに気づくことなく、男は喋り続けた。
「お前は武器を扱うことも、防具を身に着けることもできない。そしてお前には治癒の魔術も効かない。お前に使えるものと言えばその肉体による武器、拳くらいがせいぜいだろうな」
「……っでだよてめぇ、おい、ちゃんと説明しろよ!!」
「うん? 説明なら今しているではないか。せっかちな猿め。いいか、私はお前をいつでも殺せるんだ、その汚い口を閉じてしっかり聞いていろ」
「俺を殺せるだ? やれるもんならやってみやがれっつーの!! 返り討ちにしてやらぁ!」
男は神経質そうに足を踏み鳴らし、指を組み替えながらサエリクスを高圧的に睨めつけた。背後の六人が槍を構える。サエリクスも負けじと男の目を見据えた。やがて舌打ちと共に男の方が目を逸らした。
「お前にはやってもらわなければならないことがある。そのためにわざわざ呼び寄せたんだからな。我々が覇権を握るために、宝珠を奪ってくるのだ、異世界人。もし、首尾よくそれを持ち帰れたなら、その時は、元いた場所へ帰してやる」
男はニヤリと嗤った。
「答えは一択しかないだろう?」
「うるせー馬鹿。なんで俺がてめーらの手助けなんかしなきゃなんねーんだよ。いいからとっとと地球に戻せよ」
「やれやれ、ここまで愚かだとは思わなかった。しばらく頭を冷やしていろ!」
「あっ、おい! 待てよ!」
フードの男は冷たい無表情になってそう言うと、踵を返し六人の部下と共にまた階段を上って行った。サエリクスの怒声だけが地下牢にこだました。
* * * * * * * * * * * *
サエリクスが閉じ込められていた地下牢は、檻の向こう側の壁に取り付けられた蝋燭と空気穴以外の物が見当たらない。寒さをしのぐ毛布すらなく、まさかのトイレに値する物もなかった。檻は鉄かそれに類する金属製で、しっかりと石壁に固定されており、折れたり曲がったりすることもなさそうだ。
それでもサエリクスは壁を蹴ったり檻に取り付いて捻じ曲げようとしたり、大声を出して助けを呼んだりと色々試してみたが、そのどれも状況を打開してくれるものではなかった。
「くそ……」
いいかげん半袖Tシャツとカーゴパンツ姿で寒さが身に沁みだした頃、地下牢へ降りてくる人影があった。まだ若い、栗色の長い巻き毛をポニーテールにした、背の高い女だった。体にぴったりフィットした黒い革鎧に身を包んでおり、片手にトレーを持っている。
「ねぇ、アンタ、お腹すいてるんじゃない? 食事を持ってきてやったよ」
「……なんだお前」
「アタシのことはどうだっていいじゃない。食べるのか食べないのかって聞いてるの」
脱出しようと手を尽くし、流石のサエリクスも疲れきってしまった。投げやりに返した言葉に女は苦笑しながらそう言った。
「まずお前が何者なのか教えてくれなきゃ食えねえよ。毒が入ってないとも言い切れねえからな」
「毒なんか入ってないよ。アタシはエリーゼ、ここではリーゼって呼ばれてる」
「エリーゼ……190とか111とか? もしかして、エキシージっていう兄貴がいないか?」
「へ? なに言ってるのかわからないよ。アンタおかしなヤツだね。それに、アタシには妹はいても兄貴はいない」
「じゃあヨーロッパって言う弟は?」
「ヨーロッパ? そんな名前聞いたことない」
「ああ、そう……」
キョトンとする彼女を見て、やっぱり地球では無いらしいとサエリクスは思った。エリーゼという名で彼が思い出したのは、日本で出会った友人たちの趣味でもある車だ。
「妹の名前はエランか?」
「違う。もうその話はよそうよ。ほら、パンでも食べなよ」
「…………」
「この丸パンを好きなように割いて、アタシに毒味させりゃいい。アタシが触れたんじゃなきゃ信用できるだろ?」
軍人として色々な修羅場を経験してきたし、様々なケースもシミュレーションしてきた。エリーゼの言う方法なら確かに毒があるかどうか判断できるだろう。