第7話
結局、ジェレミアとはリリオの町にある広場で試合することになった。彼が提示してきた勝利条件は、相手に「降参」と言わせるか、完全にノックアウトして立てなくさせるかだった。
「防具を取ってこなくて、本当にいいのか?」
「……異世界で防具と言うと、あまり良い思い出がなくてな」
「ん? そうなのか? じゃあ武器はどうする? 取りに戻らなくとも棍棒や小剣なら外にいる彼らに言えばすぐ貸してくれるぞ」
「武器……は、いや、このままで良い。魔法は、俺は使えない。そもそも俺の世界に魔法なんて存在しない」
「使えない? そうか、なら僕も使わない」
あっけらかんとジェレミアは言う。どうやらこの世界では、魔法――ここの者は皆、それを“魔術”と言い、頑なに魔法と分けているようだが――を使えない者も珍しくないらしい。
魔術の種類にはいくつかあり、ジェレミアたち聖堂騎士は白術と呼ばれる身体能力向上や魔法攻撃のレパートリーが多い分野の物と、黒術と呼ばれる精神操作や防御、相手に不利な影響を及ぼす魔法攻撃のレパートリーが多い分野の物と、二種類を使いこなせるようである。
「しかし、僕はいつも術を無意識に使ってしまうからなぁ。使ったら僕の負け、ということでもいいんだが、視覚的にわかり辛いだろう? いっそ使えないようにちょっと細工しようと思う」
ジェレミアはそう言うと、ドアを開け、外で待っていた部下たちへ声をかけた。ややあって。言い争っていた彼らだったが、どうやらジェレミアが勝ったらしい。笑顔で戻ってきた彼は右手に武骨な鉄の輪を嵌めていた。
「これで術は封じられた。僕はただの一般人ということだな!」
たかが魔術の発動手段を奪ったくらいでジェレミアが一般人だと言えるのなら、素手で人間を殺せる技術と実力を持ったディールも一般人ということになる。そんな物騒な奴らを基準にしてはいけない。
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ジェレミアの過保護な部下たちはディールのいた空き家に残り、二人は広場へと移動した。ちなみにトムは本当に帰っていた。模擬試合とはいえ、審判もなしでは私闘に等しい。通報されては敵わないので、ジェレミアは広場についてすぐ許可を取りに行った。
ひとことで広場と言っても花屋の移動屋台や食べ物の屋台など色んな物であふれている。実質、バトルできそうな場所と言えば噴水前の五メートル×八メートルほどのスペースだろうか。お互いに素手同士なら、十分な広さだろう。ディールが柔軟をしたりして体をほぐしていると、ジェレミアが走って帰ってきた。
「許可は取った。良い試合にしよう、ディール!」
ジェレミアもまたジャンプして体をほぐし、戦いに備える。長い髪の毛が遊ばないように縛り、引っ張られそうな長袖のドレスシャツを脱いで、ジェレミアは動きやすい綿パンとブーツだけという姿になった。
戦いは静かに始まった。ディールとジェレミアは向かい合い、互いの出方を待つ。達人同士の戦いほど静かだと言うが、まさしく。隙のある構えを取りつつもそれはわざと相手に攻めさせ、その攻撃の隙を突くためのもの。だからこそ無闇に攻めるのは悪手だとも言える。
「……ふっ!」
先に動いたのはジェレミア。良い勢いのハイキックを繰り出すが、ディールはそれを上体を後ろに反らして回避。カウンターでタックルを仕掛け、ジェレミアを転ばせた。そのまま力任せに押さえ込もうとするもののジェレミアは転がってそディールの腕から逃れた。
二人は同時に立ち上がり、今度はパンチの応酬となる。体重の軽いジェレミアはそのスピードに物を言わせ、ディールの腹に何度もボディブローを叩き込む。しかし鍛え上げられた腹筋にとっては丁度良いマッサージ程度でしかない。
ジェレミアが放った右のミドルキックをディールがムエタイの動きで、左腕で抱えてキャッチ。そこから彼の右太ももめがけ肘を入れ、怯んだ隙に投げ飛ばすものの、ジェレミアは上手く受け身を取って立ち上がる。
「らぁ!」
「っ!」
ディールは足を引っ掛けて彼を転ばそうと柔軟に身を屈めスライディング。それをジェレミアは見切っており跳躍で回避した。真っ正面から向かい合い、ジェレミアはディールのパンチをかわして彼の腹にジャブからストレート、そして右のハイキックを頭部に炸裂させる。
「ぐっ!」
これはかなり効いたものの、ディールは耐えてミドルキックを繰り出す。が、これは転がって回避され、背中に回りこまれてジェレミアからお返しのミドルキック。
「くぅ……!」
思わず前傾姿勢になったディールの顎を、ジェレミアは思いっきり足を振り上げて蹴り抜いた。
「ぐへっは!」
ふらついて膝立ち状態になったディール。ジェレミアはとどめとばかりにダッシュからのドロップキックを彼の顔面にお見舞いした。
「ぬごっ……」
奇妙な声を上げて吹っ飛んだディールはそのまま広場を転がり、力が入らず倒れ伏した。戦闘続行不可能、ジェレミアの勝ちだ。
勝者は肩で息をしながら、滝のように滴る汗をその右腕で拭った。ディールが立ち上がってこないのを確認し、彼の方へ歩み寄っていく。
「いい、勝負だった!」
まるで子どものように無邪気に笑いながら手を差し出すジェレミア。その手を取って立ち上がりながら、ディールは相変わらずの仏頂面だ。
「……悪くなかったぞ」
「ありがとう!」
ディールなりの精一杯の誉め言葉に、ジェレミアはきちんとその意思を受け止めてか、一層嬉しそうに笑うのだった。