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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
第一部 チャプター1:強制ミッション
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第1話



――2018年6月9日。



 久々にまとまった休暇を取って訪れた東京の夜空は残念ながらやや曇り空だった。まぁ、こんな都会では天上の星々より地上の方がよほど明るく煌めいて見えるものだ。その点ではイタリアも東京も変わらない。酔い覚ましに屋上まで出てきていたサエリクス・サウントゥルは溜めていた息をほうっと吐き出した。


 イタリア陸軍に所属する彼は今年で39になる。大尉から少佐にステップアップし、さらに責任ある立場となった。有給休暇の消化にあたって東京を選んだ理由はひとつ。ここでかつて、にわかに信じられないような事件に巻き込まれた経験があるからだ。


 忙しく日々を過ごしていると、あの出来事がまるで夢だったんじゃないかと思えてくる。だが、一緒に巻き込まれた友人や、その事件がきっかけで親しくなった人々がいる。彼らとの交流は今も続いており、何かと日本に来ることも多くなった。

 今では少しだが日本語も喋れるようになったのだ。それまでは、この極東の島国に対してさしたる興味などなかったのに。


 それだけあの経験はサエリクスの人生を変えた。サエリクスだけではない、きっとあの出来事に遭遇した全員がそうだろう。明日、サエリクスの観光につきあってくれるのは、その時のメンバーのうちハクロ・ディールとグレイル・カルスだ。他にも時間が合えば顔を出してくれるのが数人いるだろう。

 

 明日からのスケジュールを考えていると、どこかで何か硬質な物がぶつかったような、コツン……という音が聞こえた気がした。


「ん?」


 サエリクスが「何だ?」とその方向に顔を向けてみると、屋上の片隅で黒い影のようなものが蠢いていた。


(な、何だありゃあ?)


 それは心なしか彼の方へにじり寄ってきているようだった。そちらに向き直って警戒し、よく見ようと近づいていくサエリクス。だが、およそ三メートルという距離まで来たとき、その影は突然大きく歪曲し、サエリクスを包み込んだ!!


「ぬおっ!?」


 現役の軍人であり、 戦うのが大好きな男でも、予測しがたい動きに反応が遅れてしまった。あっという間にサエリクスを飲み込んだ影は、シュウウ……と音を立てて空の夜闇へと溶け込んでしまった。後に残ったのは静寂だけ。






 * * * * * * * * * * * *






 サエリクスが目を覚ますとそこは薄暗い部屋の中だった。どこからか水の滴り落ちる音がする。湿った黴臭い空気が肺に不快だ。見回すと小さな蝋燭が一本だけ灯っている。暗闇に目が慣れると、そこは時代錯誤も甚だしい石床の牢だった。鉄格子の先に上り階段が見えている。見張りはいないようだ。


「なんだここ……地下牢?」


  どのくらいここでこうしていたのか、座り直してみると体中がミシミシと痛んだ。酔いは完全に覚めている。サエリクスは混乱しながらも脳内で情報を整理し始めた。


(確か酔い覚ましに屋上へ出たんじゃなかったか。何かに襲われたことは覚えてるが、あれは人間や動物じゃなかったよな? それにこの牢……トーキョーにそんなものあったか?)


 奇妙なデジャヴ。実はサエリクスがこういった経験をしたのはこれが初めてではない。ヘルヴァナールという、ドラゴンや魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界にいきなり召喚され、死にそうな目に遭いながらも何とか生還した2014年のあのトリップは、彼にとって絶対に忘れられない出来事だ。その時の記憶がふとフラッシュバックして、「まさかこの展開は……」とサエリクスは頭を抱えた。赤い半袖Tシャツの襟に冷や汗が滲む。


(やべーな……どうすりゃ良いんだ、これ)


 あのときも知らない場所に放り出され、帰るために断れない頼まれごとを引き受けさせられたのだ。大した情報もなく、不審者扱いされて兵士に追われたりとさんざんだった。しかも今回は、頼れる仲間もなくサエリクスひとりきり……。だが、うちひしがれている時間はないようだ。彼の鋭い耳は階段を降りてくる複数の足音を捉えていた。


 狭い地下牢へ入ってきた男たちは一様に同じ格好をしていた。まるで軍人のような動作……いや、実際に軍人なのだろう。おかしいのはその手に槍を持っていることだ。

 暗い赤を基調とした上着とズボン、頭には帽子を被っている。色はともかく海軍チックな制服だ。そんな男たちの後ろから悠々と現れたのは、フードを目深く被った体格のいい男だった。


(数が多いな……ってか、何だあいつら……)


  サエリクスは立ち上がりそれを迎える。鉄格子を挟んで八人は相対した。槍を持った六人が並ぶと横幅いっぱいいっぱいな小さな牢だが、サエリクスに向かって槍を突き出すのは難しくなさそうだ。 石床を鳴らして進み出たローブの男が重々しく口を開く。


「……言葉は通じるはずだ。名は?」

「人に名前を聞く時はそっちから名乗るのが普通じゃねえのか?」


 フードを取り払った男は五十がらみの男だった。もみあげから顎を覆う灰色の髭が特徴的だ。どことなく貴族的な、というか成金的な雰囲気を漂わせている男はひどく不機嫌そうに顔を歪め、後ろの槍を持った軍人に手で合図を出した。


「くそ、生意気なヤツだ。おい、少し痛い目にあわせてやれ」

「はっ!」


 兵士がひとり、槍を構えるとサエリクス目掛けて槍の穂先を突き入れてきた。


「うおっ!?」


  咄嗟に槍の軌跡から逃れるサエリクス。ついでに武器を奪ってやれと思いその柄を掴んでむしり取ろうとしたその時、 大きな音と閃光がサエリクスと槍の柄の間から放たれた。

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