第6話
すぐには帰れない、何かやり遂げなければならないことがある。そんな漠然とした方向性を示されても、自分が何をすれば良いのかさっぱり見当がつかない。まったく、イタリア人を迎えに行くだけのはずだったのに、何でこんな大事になったのだろうか。
「とりあえず、グレイルでも探しに行くか」
「でも、って……。仲間なんじゃないのか?」
「まーそんな所だがな。つき合いはもうかれこれ二十年近くになるのかな」
「ふぅん。長いな。まぁ、気の置けない仲ってのは、そういうもんか」
トムはジェレミアを横目で見つつ小さく呟いた。彼らは幼なじみにあたり、それなりに長い年月を共に過ごしてきた。今は少しギクシャクしているのだが、それでもディールがグレイルを思う程度には、トムもジェレミアを大切に思っている。
「とにかく、あいつがここにいるなら見つけるし、さっさと捜して俺は帰る。それだけだ」
「当てなく旅をしても、見つからなかったり行き違いになったら困るだろう。ディール、この町でしばらく待ってみてはどうだろうか。聖堂騎士の持つ情報網はその性質上かなり広い。特徴を伝えて探してもらおう」
「そうそう。怪しい人やモノってぇのは見つかりやすいはずだぜ?」
「怪しい奴か。どうだろうな」
見た目は派手ではあるが、グレイルは至って普通の人間だ。頭も悪くないし、自分ほど偏屈な印象を与えたりもしない。案外この世界にもすぐ溶け込めていそうな気もする、とディールは思った。
「いや、怪しいだろ。断言するが、アンタみたいに聖堂騎士振り切って逃げるようなことしてちゃ、向こうもとっくに捕まってる」
「それは向こうの状況次第だろ。逃げないかもしれない」
「どうかな。誰だって追われりゃ逃げるもんな?」
「ラペルマ!」
状況説明もなしに逃げ続けたディールをトムが揶揄するが、それに気づいて声を上げたのはジェレミアだけで、ディール本人はまるで気にしていない。
「おかしな格好したヤツがうろついてたら声をかけるのもこっちの仕事だし、そういう意味では追われやすいよな。そもそも金がないんだったら、生きるために盗むしかなくなるんじゃないのか。そうしたら結局捕まるだろう」
「さぁな。あいつはあいつでポジティブだから、そういうことはしないんじゃないのか。まぁ、人間のすることなんて、蓋を開けてみないとわからないがな」
「それって、アンタはするって言ってるように聞こえるぜ。俺の仕事を増やしてくれるなよな」
「トマス=ハリス! なんてことを言うんだ!」
ディールは腕を組んだまま黙る。トムの意図が見えない。わざと挑発してこちらを怒らせようとしているように見える。もしくはこちらの出方や反応を試しているのか。赤毛がどういうつもりだろうと、わざわざあちらの手に乗ってやる義理はない。ディールとしては必要なことを言うだけだ。
「とにかく、そいつを捜すの手伝ってくれ。市民の味方なんだろ?」
「…………」
「もちろん! 喜んでそうさせてもらう。どうか僕の客人として、ここに留まってほしい、ディール」
にこやかな赤毛の横で、やる気のない赤毛がめんどくさそうな顔をしていた。と思うと、ため息を吐いたトムは食べ物の入った藤製のかごを投げ出し、出口へと向かっていった。
「ラペルマ?」
「もう好きにしてくれ。また面倒ごと抱え込むのはいいが、ちゃんと自分で解決するんだぜ、ジェレミーちゃん。仕事は仕事、プライベートはプライベートだ。んじゃ、帰りま~す!」
「…………」
「あんまり仲が良くなさそうだな」
無言でトムを見送るジェレミアに、ディールは言った。ジェレミアはすぐに笑みを浮かべて見せながら、「そういうわけじゃない」とやんわりだが否定の言葉を紡ぐ。
「僕はワガママだからな、それでいつも彼に迷惑をかけてしまうんだ。呆れられてしまったが、怒っているわけじゃないんだ」
「そうか」
「ははは、だからといって、今さらこの生き方は変えられないからな。困ったものだ」
「そうだな。まぁ、仕方ない」
自分もまた他人からワガママだと言われることの多い、どこまでもマイペースなディールはジェレミアに共感し頷いた。変えろと言われて変えられるものではないのだ、そういうところは。
「ところで……、貴方はとても強そうだ。できればで構わないのだが、便宜を図る代わりに僕と試合ってくれないだろうか」
「どうしてだ」
「僕は、強い相手と戦いたいんだ。毎日とは言わない、二日に、いや三日に一度くらいでいいから!」
エメラルドのような猫目がキラキラと輝いている。見た目のわりに好戦的なようだ。別に模擬試合をするためにこの世界に来たわけではないし、その勝敗によって不必要に恨みを買ったり揉め事を起こしたくない。ディールは断ろうと思ったのだが、ジェレミアの熱意を見て考えを変えた。これは一度くらい相手をしてやらないといつまでも追い縋られるパターンだ。
「一回だけにしてくれ。勝っても負けても恨みっこなしだ」
「一回、か……。うむ。では、どこでやろう。今がいいだろうか、それともまた今度に? 武器と防具はどうする?」
便宜を図ってもらえるのは良いが、何となく面倒な相手に捕まってしまったなぁと思うディールだった。