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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
チャプター2:『危険な』観光
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第5話

 赤毛の青年、トムは随分と気のつく男らしい。昨日の足跡を見つけたときにも思ったが、細かいことにもよく目が届くようだ。置いていった鞄は背負うのに易く、頑丈で容量も大きい。地図に単純なコンパス、数日分の下着の換え、大柄なディールに合ったサイズの服とその換え、上着、ブーツまで。


 財布だけでなく、それなりの量の水や保存食が入っていたところを見ると、逆に「さっさとこれを持って出ていってほしい」という意思表示にも思える。まぁ、ディールにはまだここでやることがあるので意地でも出ていくつもりはないが。


 買い物や捜索のために出歩いて、トム以外の聖堂騎士に取っ捕まっても面倒なので、ディールは一日、この空き家の掃除や筋トレで時間を潰すことにした。食事は荷物の中の保存食を齧る。干し肉やら乾パンに似た物やら、わりと悪くなかった。


 体感で言えば午後も遅い時間になって彼らは現れた。だが、トム以外に例のジェレミアとかいう奴だけだと思っていたのに、なんだか大勢で来たようだ。足音が多い。


「お~い、ディールさん。連れてきたぞ」

「本当に危なくないんっすか、オレ昨日ぶん殴られたんっすけど!」

「一発殴られて気絶するなんて、そっちの方がよほど問題だぞ、ポモドゥオーロ」

「そんなぁ!」

「……なんで大勢で来るんだ」


 警戒心むき出し。ドアを半開きにして、すぐに突っ込まれないように警戒しつつ応対するディール。


「悪い。ジェレミアに引っついてきたのがいて……」

「そいつらを遠ざけろ。でなければ俺は話さん」

「分隊長とラペルマだけで行かせられるか!」


 トムの後ろからズンッと肩を乗り出して主張する図体の大きい若者は、どうやら好戦的なようだった。ディールと同じか、それ以上の背丈、もしかしたら体重もほぼ同格か、向こうが少し筋肉のつきが少ないくらいだ。その影から顔を出した、黒っぽい髪の大して印象に残らなそうな男もディールを睨みつけてくる。昨日ぶん殴った、明るい髪色のガキっぽいのもディールに不満げな表情を向けている。


「俺じゃ説得できなくてな」

「遠ざけろ。そうじゃなかったら俺が遠ざかる。いきなり人を追いかけ回す連中に迂闊に近寄られたくはない」


 人を殴っておいて随分な言い様である。それにカチンときたのか大男が恫喝した。


「追いかけられるようなことをしたのはそっちだろう!」

「いいんだ、ロクフォール」

「しかし!」

「僕の邪魔をしないという約束で着いてきたはずだろう?」


 進み出てきたのは、ラペルマと同じ背丈の赤毛の若者だった。175、6だろうか。すらっとしている。そして何よりディールには見覚えのある顔だった。


「あのときの女……? いや、違うな」


 初対面のときは事情が事情だけにきちんと観察できていなかったが、間近で見てみると違いが分かる。声はそこまで高くないし、ほとんど隠れているが喉仏もある。肩幅も腰回りも女と違った。


「僕はジェレミア・リスタール。中に入っても? ラペルマ以外は外で待たせる」

「それなら、いいけど」

「良かった」


 大男たちは不満げな様子だったが、ジェレミアはそれに構わず空き家の中へと入ってきた。昨日と同じく食べ物のかごを持ったラペルマもそれに続く。


「分隊長~!」


 捨てられた犬のような哀れな声音で大男が吠えた。






 * * * * * * * * * * * * 






「……で、俺はこれからどうすれば良いんだ?」


 いきなり本題を切り出したディールに、トムが目を見開く。だが、ジェレミアの方はと言えば、真面目な顔をしてこちらもズバッと切り出した。


「どう、と言われても。まず来た時の状況を聞かせてもらえないだろうか。ここにやってきたのには理由があるはずなんだ。そして、そのことを解消しなくては帰れないだろう。何か気にかかることはないだろうか。失くしたものがあるとか、後悔していることがあるとか」

「思い当たることはないな」

「そう、か……」


 ジェレミアは端正な顔を曇らせた。


「失くして困るような物もないし、後悔していることもない。俺はだがな」


 けど、とディールは続ける。


「確かでは無いが、もしかしたら俺と一緒にこの世界に来た人間がいるかもしれない。二色の髪をしている奴だから目立つはずだ」

「それは……」


 赤毛二人は顔を見合わせるが、心当たりはないようだった。


「もし、一緒にここに来た人間がいるなら、そちらの人物がなにか理由を抱えているのかもしれないな」

「でも、こっちにはそういう人間の話は回ってきてないぞ」


 二人に同時に迫られ、ディールは一歩後退りした。似たような背格好をした二人に左右から覗き込まれると不思議な気分になる。顔は違うはずだが、どっちがどっちか、ごっちゃになりそうだった。


「俺も知らん。結局、俺しかこの世界に来ていないかもしれないしな。ここに来る前はトイレでそいつと一緒に用を足していた。そうしたら黒い影が俺たちを包み込み、気がついたら俺はあの場所にいた。それよりも、俺が元の世界に戻るにはどうすればいいんだ?」

「……マレビトは、帰るべき時に元の世界に戻るものだと聞いている。申し訳ないが、帰りたいと思って帰れるわけではないと僕は思う」

「じゃあ、俺は、ここで何かをしなければいけないってことか」


 今すぐには帰ることができない、それだけはディールにも分かった。

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