第1話
※最後にイラストを載せています
ニュージーランドから日本にやって来たハクロ・ディールと、オーストラリアから来日したグレイル・カルスとはかれこれ二十年近くのつきあいになる。二人の共通点は同じオセアニア人であること、車に対して真摯であること。そしてやはり同じく、武術を長年に渡って続けていることだ。
マイペースすぎて時にワガママと思われがちなディールと、エキセントリックで感覚派に見えて実は頭脳派なグレイル。同じチームに所属している二人だが、決してセットというわけではない。親友かと言えばそうでもないし、仲が悪いのかと聞かれれば首を傾げる。そんな不思議な距離間のまま、何となく長くつき合っている。
彼らもまたサエリクス同様、異世界転移に巻き込まれた経験を持ち、その際には学んでいた武術が役に立ったと言える。これがきっかけで交流を深めたサエリクスが日本に旅行に来るということで、案内役が欲しいと頼み込まれた。
ディールもグレイルも、サエリクスとは友人とまではいかない。引き受けるつもりはなかったのだが、他のメンバーは仕事などで色々予定が立て込んでいたり、そもそも英語が喋れなかったりして無理だという。最終的に「消去法で」選ばれたのが「余りもの」のこの二人だったというわけだ。
日本に来てから二十年以上になる二人は、東京の観光スポットも知り尽くしている。実際、外国人の目線だからこそ気がつくことも多い。予定の空いていた二人は仕方なく――特にディールは渋々――サエリクスにつき合うことになった。サエリクスが何かしら奢ってくれるというので、「メシ代が浮くならまぁいいか」位のノリで引き受けたということもある。
だが、そうやって引き受けたガイドの前に、まさか自分たちが観光するハメになるとは思ってもいなかった。そう、あんな『危険な』観光に……。
* * * * * * * * * * * *
サエリクスの泊まっている赤坂のホテルまでは、ディールの愛車Y34セドリックで迎えにいくことになっていた。そこで、その前にグレイルを拾って一緒に首都高のパーキングエリアで朝食を摂ることにした。早朝のこの時間も代々木パーキングエリアは賑わっている。
「たまにはこういうのも悪くないな」
「ああ、そうだな」
元々、日本文化に憧れを持ってやってきたディールは箸の使い方も上手い。普段の食事も日本の家庭料理を自分で作って食べている。拘るところは拘るが、別に外食が嫌いなわけではないので美味しくいただく。書道家のグレイルも、水色と黄緑に染め分けた髪色はともかく味噌汁を啜る姿が様になっている。……まぁ、見た目のことは、髪の毛を真っ青に染めているディールに言えることではないのだが。
食事を済ませ、サエリクスに到着予定時間のメールを入れておく。出発の前にトイレで連れ立って用を足す彼らの耳に、カタン……という音が背後の個室から聞こえた。
「んっ?」
最初は誰かが入ってるんだろうと思ったのだが、よく考えてみると今このトイレには自分たち二人しかいない。だったらいったい……?
「え?」
「おわ!?」
足元から伸びた影がしゅるしゅると二人にまとわりつく。
「お、おいおい何だよこれ!?」
「お、俺に聞くなグレイル!! う、うわああああっ!!」
二人の絶叫すらも飲み込み、黒い影はその場から煙のように姿を消した。いきなり真っ暗になったと思えば、ディールは狭く薄暗い場所に立っていることに気がついた。さっきまで叫んでいたせいか、顎がガクンとなる。
天井に頭がつっかえ不安定な状態だ。 布に挟まれ息苦しい。思わず狭く差し込む光の方へ手を伸ばすと、それはそのまま開いてディールは前へ投げ出されてしまった。
思わず柔道の「前回り受け身」を取って、床を叩いてそのまま立ち上がるディール。そこは朝の光が差し込む誰かの寝室で、開け放たれた窓から涼しい風と小鳥のさえずりが入り込んできていた。
混乱しながらも辺りを見回すディール。だが、驚いているのは彼だけではなかった。この部屋には先客がいたのだ。大きく見開かれたエメラルド色の瞳とバッチリ視線がぶつかる。
(女……?)
きょとんとした表情の彼女は、ピンク色の唇をOの字に開いてディールを見ていた。燃えるような赤毛を胸の下まで、ごく自然に垂らしている。若く美しい、いや、どちらかと言えば可愛らしい少女だ。
次に目に入ったのは眩しい白い太ももで、着替え中だったのか彼女は今まさにシャツ一枚といった装いでそこに立っていたのだった。叫ばれる前に誤解だと告げねばなるまい。ディールが口を開こうとしたとき、
「うるさいぞ、ジェレミア!」
いきなりドアが開いて、眉毛の太い大男が現れた。そしてグレイルと赤毛の少女二人を交互に見て、唖然とした表情になる。
「く、曲者~~~!!」
「だーっ、あ、いや、違う違う!」
「貴様ぁっ、聖堂騎士の宿舎に侵入するとはいい度胸だなっ」
ズカズカと踏み込んできた大男は、186cmあるディールと変わらないか少し高いくらいだった。こちらの言い分も聞かず、ヌッと丸太のような腕を胸ぐらに伸ばしてきたので、ディールは思わず手が出てしまっていた。
「ふごっ!?」
「あっ」
気づくと相手の腕を打ち落としたばかりか、右のストレートが太眉毛の男の鼻面に決まっており、遅れて鼻血が垂れてきた。そこまで力を入れていたわけではなかったのだが、当たり所が良すぎたらしい。
「こ、の……殺すっ!」
「いやだってお前が急に……」
「おい、誰か! 侵入者だ~!」
弁解しようと思ったが相手は聞く耳を持ちそうもない。ディールが窓の外に目をやると、太い木の枝が視界に入った。迷っている時間はない。ここで捕まれば痴漢か押し込みで裁かれてしまうかもしれないし、あの太眉毛の怒りようを考えると、最悪命がない。
下までかなりの高さがあった。ディールは意を決して窓の出っ張りに足をかけると、スニーカーで思いきり窓枠を蹴って飛び出した。目標の木の枝を上手く掴み、ぶら下がる。 折れなかったのは幸運。そのまま幹の方まで枝を伝い、するするとサルの如く幹にしがみついて地面へと一気に降りる。
「待ちやがれ貴様ぁ!!」
上から太眉毛の怒声が降ってくるのを無視し、ディールは走り出していた。




