第25話(最終話).温泉一緒に入ろうぜ
まず最初に意識を取り戻したのはジェレミアだった。宝珠の力で帰還した四人だったが、そのときの衝撃でか気を失っていたのだ。目覚めたとき、石床は暖かかった。むしろ来たときとは季節が変わっているのではないかというほど温度が変わっていた。
「フレデリック、大丈夫か? 起きてくれ、フレデリック」
「ん~~。キスしてくれ……あいたっ!」
むしろ起きてこなくていいとばかりに、ジェレミアはフレデリックのこめかみに拳を叩き込んでいた。次いでグリセルダの方を見やり、サイネールを抱き枕代わりにぐっすりと寝ている姉に笑みをこぼした。
「呑気なものだな」
「言ってないで助けてよ……」
「おっと。大丈夫ですか、義兄さん」
「うん、大丈夫。起きて、グリセルダ。グリセルダったら!」
ジェレミアの助けを借りてグリセルダの腕から抜け出したサイネールは、照れ隠しにバシバシ叩いて彼女を起こした。
「んあ〜〜、もうちょっとだけ……」
「起きろ!」
四人とも怪我もなく、意識もはっきりしていた。ひとまず車座になって座り、互いの記憶にある事柄を確かめ合って、あれが夢でないということもわかった。それはともかくとして、問題は今ここがいつなのかということだ。
「どうしよう。僕たちが元いた時間と大幅にずれて帰ってきてたら……。年月が経ちすぎてて親類縁者みんないなくなってなら、嫌だな」
「確かに……」
うなだれるサイネールとジェレミアの肩を抱き、グリセルダが笑って言った。
「安心しろって、ちゃんと元の時間に戻ってるよ! それよか、宝珠を外しちまったから、遺跡がこんなんなってるだろ? それをどうすっかの方が問題じゃねぇか?」
「それもそうだ! この遺跡にはもう何もないと思われていたところを、ノレッジ殿が秘密を解き明かして宝珠を見つけたのだろう。これはすごい大発見だ。アウストラルは元より、きっと大陸中が注目するぞ。宝珠を使いこなせる、ジェレミアの姉上もいることだし……」
最初は興奮気味だったフレデリックも、言っている途中で事の重大さに気がついたのか、言葉の勢いが尻すぼみになっていく。確かに大発見である。今まで誰にも見つけられなかった秘密の入り口を開き、宝珠を見つけ出したのだから。それはすなわち、世界各地に眠る宝珠を掘り起こせるようになるということでもある。
宝珠は国の枢要である。
宝珠なくして王はなく、たとえ国が立ったとしても王のいない国には発言権はないに等しい。宝珠の主人になるということは、それすなわち、どこかの国を奪い取ることも、新たな国を擁立することも思いのままということにもなる。宝珠の魔力を持ってすればどちらも容易なことだ。
しかしそれは裏を返せば、グリセルダ自身が大きな争いの火種となるということだ。もちろん故国アウストラルへは帰れないし、どこかよその国に定住するわけにはいかない。訪れるだけでも要らぬ警戒をさせることになる。もしくは、国家間での交渉の席で発言権を得られるならばと、彼女を傀儡の王にしようとする勢力が現れるかもしれない。
三人の視線がグリセルダへと向く。異世界の正装に身を包んだ赤毛の偉丈夫は、確かに王としての貫禄を充分に備えていた。かつてはアウストラル王国の女騎士として、並み居る男たちに引けを取らない武勇を誇っていた彼女のことだ、たとえ剣を折った身であっても、そのカリスマは健在だ。グリセルダが望めば、いつでも一国の主になれると、そう思わせるほどには。
グリセルダは片膝を立てて座った姿勢のまま、ゆっくりと首を巡らせた。
「私は、どっちでもいいぜ。遺跡のことも、宝珠のことも。研究に使いてぇなら協力するし、国が欲しいなら王にだってなんだってなってやるよ。お前が好きに決めたらいい、サイネール」
「ば、バカ! そんな大事なこと、考えもせずに投げ出すなよ! 自分のことなんだぞ!?」
「ははは、違いないぜ!」
「姉さん、笑い事じゃないぞ……」
あっけらかんと笑い飛ばすグリセルダに夫と弟はそろって頭を抱えた。そこへずっと難しい表情で考え込んでいたフレデリックが顔を上げた。
「ところでジェレミアの姉上」
「なんだよ」
「仮にこのまま宝珠を持ち出すとして、この遺跡はどうなるのだろう」
「そうだなぁ。まずはこの宝珠がここから離れるのを嫌がってゴネてやがるから、二、三日ここで我慢比べが必要だろ?」
「はぁっ!?」
「いやいやいや待て待て待て」
「そんで、ここにあるもうひとつの宝珠は私じゃ持ち出せねぇから、ここはたぶん暑くて誰も入れなくなるんじゃねぇかな」
「初耳なことばっかりなんですけど!?」
今さらになって明かされる諸々にサイネールが叫ぶ。今度頭を抱えるのはフレデリックの番だった。
「ジェレミアの姉上が自由過ぎる……」
「すまない、フレデリック」
もう問答無用で宝珠は遺跡に封じ込めることになった。
「誰かが、またこうして扉を開けるかもしれないね」
封じた扉に手を当て、そう、どこか心配そうに、どこか寂しげに言うサイネール。グリセルダはそんな彼の肩にそっと手を置いた。
「きっと大丈夫だって。今回だって、私みたいに資格がある人間がいたから扉が開いただけであって、本当ならこの遺跡、開かなかったんだからよ」
「それも初めて聞いたんですけどっ!? 僕の努力は!? 今までの研究はっ!?」
「それは知らね。私も宝珠に聞いただけだし」
「くそっ、やっぱ魔術なんて大嫌いだっ!」
サイネールが吠え、グリセルダは笑った。
「さて、街に帰るか!」
「そうだな。僕たちも街へ向かっていたところなんだ。せっかくだし、一緒に行こう」
「むしろ、ここから先の予定も一気になくなったところなんだけど、よかったらしばらく君たちについていってもいいかな。グリセルダも喜ぶし」
「もちろん! フレデリックもそれでいいか?」
「いいとも。旅の仲間は多い方がいい。どうせ道行きが決まらないなら、温泉郷まで足を伸ばそうじゃないか」
「温泉か、いいな! 一緒に入ろうぜ!」
「いやいや、君は女湯だからね?」
賑やかな彼らが去った後には、いつものように穏やかで、優しい光に包まれた“枯れた”遺跡があるだけだった。いつかまた、宝珠を持つにふさわしい人物がこの地を訪れ、封印を解こうとしたとき、きっとこの遺跡はまた開かれるだろう。その王が繁栄をもたらすのか、破滅へと導くのか、それはまだ、語られるべき時ではない。




