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オーブ!~fighting spirits~  作者: 天界音楽
ステージ2チャプター1:人生最悪のホワイトデー
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第24話.休み休み帰るか

 あんなにボロクソに負けておいて、それでもジェレミアは「楽しかったな!」と破顔一笑した。


「もっと鍛えないとダメだな。しばらくハールのところへ置いてもらえないか?」

「帰れよ。そんな余裕ないし」

「そうか、ダメか……」


 しょんぼりとした顔を見せるジェレミア。半分以上本気の提案のように聞こえたが、今度は一度で引き下がった。と見せかけて「じゃあ、せめてもう一戦!」などと抜かしたので、ディールにアイアンクローで締め上げられていた。


 そんなおふざけも程々に、彼らは時間の許すまで島を観光して回った。滋味深い春の牡蠣を殻付きのまま焼いたものに、同じく広島産で3月までが旬のレモンを絞って醤油を垂らしていただく。好みの問題だが、海鮮の旨味にレモンの爽やかさが加わって抜群の美味しさなのだ。


 食べ歩きはもちろん牡蠣だけではない。紅葉の形をした昔ながらのカステラ生地の饅頭が、土産用の箱入りだけでなく色んな味がひとつから選んで味わえるのも、ここでの楽しみのひとつだ。


 また、その紅葉饅頭に衣をつけて天ぷらにした「揚げもみじ」も宮島の名物だ。出来たての温かいもみじ饅頭とはまた違った、サクサクの歯触りは格別である。まずはスタンダードなあんこをひとつずつ頼むことにしたのだが、小柄な日本人たちの中へデカイ外国人が6人も7人も入っていったら萎縮させてしまうので、会計を済ませたあとはサイネールがひとり店内で順番を待つことになった。


「そういうの似合うなぁ、眼鏡クン」

「自分で並べって言いたいとこだけど我慢してやるよ」


 竹串に刺さった揚げもみじを受け取りながらグレイルがしみじみと言う。サイネールはそれに噛みつくが楽しそうである。


「ついでに飲み物も買ってきてくれる?」

「そこは自分で行けよ!」

「私が行ってきてやるよ」


 飲み物は自動販売機を見かけるたびにコインを入れたがるグリセルダが率先して買いに行った。自動販売機の仕組みが気になるのだろう。毎回食い入るように覗き見ては感心している。まるで3歳児……というよりは人間の知育玩具に興味津々のチンパンジーにも見える。


「ゴリラだな」

「ああ、ゴリラだ」

「自販機を解体しそうになったら止めるぞ」


 見守る地球人たちは言いたい放題である。本当ならそれを窘めるべき身内がさもありなんという表情なので、誰にも止められない。


「なあ、これ一個持って帰っても良いか~?」

「いいわけないだろ!」


 まったく仕方のないゴリラである。





 ◇◆◇





「それじゃあ、そろそろ帰るとすっか」


 プラプラとフェリー乗り場の方へ歩いていたとき、何気なく振り返ったグリセルダがそう言った。もう陽が陰ってきた頃のことで、時刻は16時に差し掛かろうとしていた。皆の口数も少なくなってきており、誰もが内心でいつ別れを切り出そうかと考えていた頃合いだったかもしれない。ホッとしたような表情のサイネールが大きくひとつ頷いた。


 騒がしい異世界人たちの帰還は、拍子抜けするほどアッサリしていた。魔法陣を描くわけでも、詠唱が必要なわけでもなく、ただ心に思い描いただけで帰れるのだという。もしかしたら実際にはもっと複雑なプロセスを踏むのかもしれないが、実行するのは物言わぬ宝珠で、それと意思疎通ができるのがゴリラ女とあっては異世界の神秘を知ろうにもどうしようもない。


「そんじゃ、世話になったな、ディール。ハール、アレイレル、それにグレイルも。また会えてよかった。楽しかったぜ!」


 ディールは差し出された右手を握った。以前に比べて、さらにガッチリとした武人の掌だった。そういえば今は棒術を極めようとしているのだったか、とディールは思い出す。


「いい手だ。頑張れよ」

「ああ。ありがとな」

「眼鏡クンと仲良くな」

「グレイルもな」


 グリセルダとグレイルはパンッと手を打ち合わせ、握手した。その次に手を差し出して来たのはサイネールだった。


「4人には本当に世話になったよ、ありがとう。迷惑ばっかりかけちゃったよね」

「まぁ、それなりに大変だったか」


 グレイルがサイネールの肩を拳でトンと叩いて言った。サイネールも叩き返す。そんなふたりの間にこれまでのことを思い出してかゲッソリした表情のディールが割り込んできた。


「いや、大変なんてもんじゃなかった。俺はコイツラをひと晩泊めたんだぞ。うるさいし暴れるしつつき回るし……」

「いや〜、何から何まで本当にごめん! 特にうちのグリセルダと弟くんが申し訳なかったね」

「それを言うなら新人もだしなぁ」

「私がどうかしたかな?」


 あまりにも堂々とした態度に全員が黙り込む。ディールはそんなフレデリックの肩に手を置いて真顔で言った。


「セクハラして半殺しにされないようにな」

「どういう意味かわからないんだが?」

「その場合は全裸で土下座すれば許してくれると思うぞ。たぶん」

「だから、どういう意味か説明してくれたまえよ」


 ジェレミアの尻辺りにいつも目線がある男にこれ以上説明は必要ないだろう。その美人な戦闘狂はさっき打ち負かされたハール相手に熱心に教えを請うていた。


「もっとあなたと戦いたかった」

「え? うん、そうだね。君、まぁまぁいい線行ってると思うよ。向こうで頑張れ」

「ああ、本当に帰るのが惜しいな! まだアレイレルともグレイルとも戦ってないのに!」

「いや、帰れよ?」

「わかっている」


 ジェレミアは花がほころぶような笑顔を見せた。握手を交わし、また二言、三言、別れを惜しむように言葉を選んで。しかし、それもそう長いことではなかった。


「本当にありがとう。サエリクスにもよろしくね!」

「アイツにもまた会いたかったな。元気にやってろって伝えてくれ!」


 そう言って大きく手を振り、異世界人たちは砂煙と共に掻き消えた。後に残るのは、寄せる波の砕ける音と浜を抜けていく風の音だけ。


「行ったか」

「ああ」

「じゃあ、そろそろ僕たちも帰ろうか」

「ああ。……また魔法で回復してもらったとはいえ、強行軍はきっついな〜」

「しゃあねぇ、休み休み帰るか」

「おう」


 男たちは笑いながらフェリー乗り場へと向かった。ずいぶんと騒がしかった週末を心の内で振り返りながら。彼らもまた帰っていくのだ、いつもの日常へと。

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