第23話.ファイナルバトル
バトルBGM
The Kick OST - Run To The World
ZE-A
それからすぐ昼食を摂ることになった。時刻は13時半を回っていた。なにせ出発したのが10時だったので、着いてすぐに昼飯時だったのだ。だが、その時間はどこもかなり混雑しており、起きるのが遅かったメンバーの要望もあって、この時間までずれ込んだのだ。
広島名物のあなご飯を二人前平らげたグリセルダが、3杯目を頼もうとするのをグレイルがどつく。
「なんだよ、グレイル」
「ってえ。なんでこっちの手が痛くならなきゃなんないんだよ、このゴリラ! さすがに食いすぎだろーが。考えろ、それくらい」
「ちぇっ。じゃあ今はこれくらいで我慢しといてやるかぁ」
卓を囲んで食後の温かい緑茶で一服しているとき、ジェレミアがハールの横へやってきた。彼は両手でハールの左手を包み、はにかんだ表情でおずおずと切り出した。
「ところでハール。覚えているだろうか、僕と一戦、交えてくれるって話」
「は? そんな約束したっけ」
「したじゃないか、あのとき。僕は、約束通り姉さんに勝ったぞ」
「あ〜。あのあと本当にやったんだ」
朝食後、グリセルダたち姉弟と別れてハールは部屋に戻ったのだった。ふたりでどうしていたのかと思ったら、どうやら最初の条件通り、ハールと戦うための切符を掛けて雌雄を決したらしい。
「だから、このあと。僕とひと勝負……いいだろう?」
「えっ、嫌だけど」
「そんな、ひどい……! 僕は本当なら、この場にいる全員とやりたいのに、ハールと戦えると思っていたからこそ我慢していたんだぞ!」
「え~~」
「そんな、やるなら私とやろう、ジェレミア!」
「いや、フレデリックとはもういい、何度もやったし、またいつでもやれるだろう?」
「そ、そんな、ジェレミア」
ショックを受けているフレデリックを尻目に、ジェレミアは熱く懇願した。
「頼む、ハール! 僕はこっちに来てから、まだ一度も、誰ともやってない。欲求不満なんだ!」
「はい、アウトー」
「なにが?」
「ともかく、店の中で大声出さないでくれよ。人が聞いたら何かと思うじゃない」
まったくもって人聞きの悪い話である。
ハールは勝負なんて受けるつもりはなかったのだが、あまりにもジェレミアが食い下がってくるため、仕方がなく一回だけ手合わせすることにした。
「仕方がないなぁ」
「ありがとう、ハール!」
「気をつけろ、そいつはしつこいぞ。下手に勝つとつきまとわれるかもな」
「一回だけだからね!?」
どこでやっても目立つだろうが、人目を避けて少し離れた松林で勝負をすることになった。
「じゃあ、どこからでもどうぞ」
「わかった!」
こうして1対1の格闘戦がスタートした。
聞けばジェレミアは素手での格闘戦もなかなか出来るらしい。縛ったロングヘアーの紅髪を振り乱しながらハールに向かってきた。ガッツとスタミナに溢れ、スピード重視の軽量級ファイターなのだろう。
しかしハールも既に今年で39年目と、キャリアだけなら絶対に負けないと言えるだけの武術経験がある。真に得難いものは強者と戦った経験値、ハールには仕掛ける技も返す技も、勝利へ繋げる展開への引き出しが無数に存在している。
「はあっ!」
初手はジェレミアから。切れのいい右のキックが彼の細身から繰り出された。それを見切ったハールはキックの足をそのままを左の脇で挟み込み、お返しにジェレミアの顔面に右の裏拳を入れる。
更に、挟み込んだままのジェレミアの右太ももに右肘落とし、その衝撃でよろけた所へ右のストレートパンチをジェレミアのみぞおちへ。
「ぐっ!」
ハールは、後ろにたたらを踏んだジェレミアにさらに追撃を掛けるべく、今度はムエタイの要領で思いっきり脳天に右の肘を落とす。だがジェレミアもそこは耐え、反撃を繰り出してきた。前蹴りが決まり、一旦ハールとジェレミアの体が離れた。そこから今度はパンチの応酬だ。ハールは回転しながら肘も繰り出すムエタイスタイルを駆使してジェレミアを段々と追い詰めていった。
「ふっ」
「はっ!」
ジェレミアの戦い方はキックが主体なのだが、体格的に劣る彼の攻撃はとても“軽い”ため、当たってもダメージが少ない。連撃して相手が体勢を崩したところへ大技で決めに行くスタイルである。もちろん投げ技やパンチ、寝技も出来るが、長身のハール相手には分が悪い。
しかも、ハールの方が強いのだ。中途半端な攻撃をすればカウンターを取られて一発負けである。ジェレミアはこの心躍る戦いに思わず笑みを浮かべながら渾身の一撃を繰り出していく。ハールはそれらすべてを受け止め、いなし、ジェレミアのリーチの外から確実に当てに来る。
「やあっ!」
「っ!」
ハールのリズムをわざと外したジェレミアのミドルキック。放った瞬間に「当てた!」と思ったそれをハールはしゃがんで回避した。さらにハールは、同じ武術仲間のグレイルや遠藤真由美が使うカポエイラの要領でジェレミアの股を潜り抜けて、通り抜けざまに股間に踵を入れた。
「おぅふ!」
ジェレミアが変な声を上げている後ろで、ハールは素早く立ち上がって今度は左のミドルキック。それをモロに食らったジェレミアが再びよろけたところに、今度はテコンドーの要領で後ろに一回転しながら、同時にジェレミアの側頭部に右足を蹴り入れた。
「ぐふっ!」
吹っ飛ばされるジェレミア。だが、見た目にそぐわず粘り強いジェレミアは、まだ負けていないとばかりに立ち上がり、向かって来ようとしている。そうはさせまいと、ハールはジェレミアに向けて側転、からそのまま宙返りに持ち込み、ジェレミアの頭に踵落としを決めることに成功した。
「がっ……」
脳天にキツイ一撃を食らったジェレミアは、さすがにそのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。そしてジェレミアが気絶してしまったので、このバトルはハールの勝利で幕を閉じたのだった。
「はぁ、はぁ……やったぜ……」
「ジェレミア~~~!?」
ハールが片手を上げて勝利の余韻に浸っているところを邪魔するように、目の前を突っ切ってフレデリックがすっ飛んでいく。ジェレミアに取り縋って応急処置などをして……
「ああっ、これはいかん。人工呼吸をしなくては!」
いや、セクハラ行為を働こうとしているところだった。
「……必要ない」
「気づいたのか、ジェレミア。良かった!」
「僕の負けか……。もっと、精進しなくてはな」
そう言って、赤毛の戦闘狂は満足そうに笑ってみせたのだった。




