第15話.全裸で土下座する位の気持ち
バトルBGM
Wingless Seraph - Over the Blood
ホテルの外に出た5人は、ホテルの裏へと歩いていった。まるで蔦のように壁を這うダクト、どこからか吹き上げる水蒸気の、埃っぽいような何とも言えない熱っぽさ。まさにこの街の裏側といった様相だ。
申し訳程度に外観が整えられた、レンガ敷きの多目的空間でディールとフレデリックは睨み合っていた。先に口を開いたのはディールだ。
「ってかさ、あのゴリラ止めに行くんだろ? だったらまず頼み方ってもんがあるんじゃないのか? ん? まずは全裸で土下座する位の気持ちで頼めやコラ。それでお前が出来る奴か判断してやるからさ。出来ないなら帰って寝ろ。移動手段も金も無い癖によお、誠意を見せろよまずは。態度がなってないんだよ!!」
「誰が全裸で土下座なんかするか! この野蛮人め! いいだろう、そこまで言うなら決闘だ!」
「いい加減にしないか、ふたりとも!」
「ジェレミア……だが……!」
「おう、ビビってんのか? かかって来んかい」
「ディール!!」
「止めてくれるな、ジェレミア! こいつは……殴らないと気が済まない!」
「フレデリック!」
間に入って止めようとするジェレミアだが、ふたりともすっかりその気で止まりそうにない。ジェレミアは助けを求めるようにアレイレルとハールを振り返ったが、彼らは腕組みをして様子を見守っているだけだ。その顔には「どうせ止めても無駄だ」と書いてある。
「~~~ッ! まったく、後でふたりとも説教だからな!」
◆◇◆
それは突然だった。フレデリックがいきなりディールにタックルをかましたのだ。
「ぐほっ!?」
「最初から……最初からお前は気に食わなかったんだ!」
そう言ってフレデリックは、倒れたディールに馬乗りになると彼の青いジャケットの襟首を掴み上げた。そのまま顔を殴ってこようとするフレデリックに、ディールは先制で心臓付近をどつき上げた。
「うっ……ぐっ……!」
「こっちのセリフだ、新人!」
「フレデリックだ!」
掴み合いになり、ふたりとも立ち上がりながら組み合っているうち、フレデリックが力に任せてディールをホテルの壁に叩きつけた。その衝撃にディールの呼吸が止まる。さらに連続的に胸や腹を殴られた。
しかしディールも、このまま黙ってやられる訳には行かない。ラッシュの隙を見てしゃがみこみ、花壇のレンガを引っ掴んで、フレデリックの顔にぶつける。
「ぐぅ!」
怯んだところで、ディールはレンガを投げ捨てて飛び膝蹴り。更に右のローキックからミドルキック。そのミドルは新人の股間を蹴り上げた。
「がぁっ!?」
「おりゃあ!」
固まるフレデリックの肩を掴んで、勢いのまま膝蹴りをするディール。そのまま右ハイキック、ミドルボディブロー、更に回し蹴り。そこから間髪入れずにフレデリックの顔めがけて、2発右と左のパンチ。そして再び回し蹴り。その蹴りはフレデリックの腹に食い込み、彼は後ろの壁に吹っ飛ばされた。
「フレデリック!」
「…………」
壁にもたれたままズルズルと膝をつくフレデリック。その視界に、ある物が映り込んだ。それはさっきディールが投げ捨てたレンガだ。
ディールが追撃しようと走って来るのを見て、フレデリックは咄嗟にレンガを投げつけた。自分がされたように顔に向かって。ディールがそれを手で防いだ隙に前蹴り、顔にパンチ2発。
しかし、ディールは空手を始めとする色々な武術の名手だ。両手で攻撃を受け流し、代わりにフレデリックの腹と顔に左手で連続でパンチをお見舞いする。それでも隙は必ずできるもので、フレデリックはディールの攻撃の間合いを縫って、ミドルキックを繰り出して彼を吹っ飛ばす。
「ぐは!」
今度はディールが壁にもたれかかって崩れ落ちる。フレデリックはダッシュでディールの元へ走り、立ち上がり掛けたディールに向けて大きく振り被ってパンチ。流石のディールもすぐには反応出来ず、もろに顔面に喰らってしまった。
「ぐえ!?」
フレデリックはさらに、倒れ込んだディールの腹に蹴りを入れる。
「ぐぁ!」
フレデリックは間髪入れず、大きなモーションで右足をディールの頭の上に振りかざす。
「おりゃあああああ!」
(やべ……!)
ディールは力を振り絞って、倒れるようにしてそれを避ける。そして、そのままフレデリックに足払いを掛けて引き倒し、マウントポジションを取って殴りつけた。
「おらおらおらああ!」
なすすべなく殴られるフレデリック。そのラッシュが終わると、ディールはフレデリックの襟首を掴んで立たせた。もはやお互い立っているのがやっとという有様である。ディールは最後に、精一杯の左ストレートを叩き込んだ。これを避けられたらもう、ディールの負けである。しかし、それは確かにフレデリックの顔面を捉えた。
「があ!?」
かなりの衝撃で殴った為、ディールの手にも痛みが走る。
(いってえ!)
そのまま気絶してしまったフレデリックを、ディールはゆっくりと地面に下ろしてやった。どさっ……と尻から倒れこんだ男を見て、自然とため息が出る。
(終わった……)
駆け寄ってきたジェレミアにフレデリックを託し、ディールもまた地面にへたりこんだ。
「大丈夫か?」
「けっこう派手にやったね」
アレイレルとハールがディールをねぎらう。自動販売機でキンキンに冷えた緑茶を手渡され、ディールは礼を言ってそれを今にも腫れ出しそうな顔に当てた。
「きちぃ……」
「そりゃ、あれだけやればな」
そんな会話をしているところへ、フレデリックへの処置を終えたのだろうか、ジェレミアがやってきた。
「まったく、本当に無茶をする……」
「そこまででもない。骨も折れてないし」
「だが、色々と傷めているだろう? 常人なら2、3日は寝込む傷だ」
ジェレミアはディールの破れた拳に手を添え、持ち上げた。確かに、打たれた傷が熱を持つため、同じような怪我をした場合、寝込んでしまう者もいるだろう。だが、ディールはそこまでヤワではない。ただちょっと、日常生活に大きくない支障をきたすだけだ。
「【鎮痛】【鎮静】【活性】……」
あのときよりも種類が増えているが、【活性】という魔法をディールは覚えていた。自分には効果がなかったが、ジェレミアが傷を癒やしたときに用いていた魔法だ。
「ジェレミア、それは……」
「効果がないぞ」、とディールは言おうとしたが、言葉が続かなかった。痛みと腫れが引いていき、破れていた拳の皮膚が新しく作られていく。ジェレミアを見やると、彼は泣きそうな表情で笑った。




