第14話.一触即発
いったい何が起こっているのか、グレイルたちは説明を求めた。だが、帰宅する観客でごった返すこの場所で、落ち着いて詳しい話などしていられない。
「とにかく、移動するぞ。おい、しっかりしろ、サイネール」
「僕のせいだ……」
「なに?」
「僕のせいでグリセルダは……! 彼女を失ってしまったら、僕は、どうしたらいいんだ……」
「いいから来い! 話は後だ!」
茫然自失でひとりでは立っていられない様子のサイネールを、グレイルは腕を掴んで立たせると、駐車場の方へと歩き出した。
「ディール、俺が今夜泊まる予定のホテルまでこいつら連れてきてくれ。まずはチェックインして、どう動くかはそれからだ」
「わかった」
「ホテルの名前教えて、部屋取れるか確かめるから」
「いや、待てハール。その判断はまだ早いと思うぞ」
スマートフォンを取り出したハールをアレイレルが止めた。彼の言う通り、どう動くのが良いかはまだこれから事情を聞くまではわからない。ジェレミアとフレデリックも黙ったまま車に乗った。珍しく表情を消したジェレミアを気にしつつも、ディールは黙ってアクセルを踏み込んだ。
そして30分後、ホテルのティーラウンジにはアレイレル、ハール、ディール、そしてジェレミアとフレデリックの5人が席についていた。深夜から車を飛ばしてきていたグレイルはチェックイン後すぐに仮眠を取り、ショックの強いサイネールは同じ部屋に置いてきたのだった。
「さて、どこから話してもらおうかな」
それぞれに飲み物が運ばれてきたところでハールはジェレミアを見た。心ここにあらずといった様子でミルクティーをかき混ぜていた異邦の騎士は、視線を上げてハールと目を合わせる。
「そう、だな。まずは順を追って説明していこうと思う。僕たちが元の世界に戻るため、宝珠に力を溜めながら帰るべき場所を探していることは、先日に話したとおりだ」
「うん、そうだったね」
「宝珠は僕の姉で、姿を消したグリセルダが持っている。そして、そのまま持って行ってしまった。帰る方法も姉だけが知っているし、ともかく追いかけなくてはいけない状況だ」
そこまでは言われずとも見当がついている辺りだった。知りたいのはその先、こんな状況になった理由である。ブラックコーヒーをひとくち啜り、アレイレルが口を開く。
「仲間割れか?」
「あっ、アレイレルっ!」
オレンジジュースを飲んでいたハールが咳き込む。そのひとことで黒髪の騎士の方はあからさまに殺気を放ってきたが、ジェレミアの方は落ち着いていた。
「仲間割れじゃない。ただ、もっと悪いかもしれないな」
「つまり?」
「姉は今、宝珠に操られているようなんだ」
「そりゃ……控えめに言って最悪だな」
かつて「魔法使い」とやらに振り回された経験を持つアレイレルは苦い表情になった。この騎士たちと同じインキュナブラ世界のその魔術師も生き物の精神を操るのが得意だった。
グレイルやディールと同様に、アレイレルとハールのふたりもインキュナブラ世界に転移させられたことがある。巻き込まれたと言ってもいい。そこでいきなり妖精に襲われ、鹿男に襲われ……その原因が魔術師だったのだ。
おまけにその魔術師が持っていた本が意思を持っていて、唐突にこちらの世界にやってきてハールの体を操った。おかげで、アレイレルは手加減なしのハールと本気のバトルをするはめになったのだ。それもお台場で。あのときは人払いの魔法があったから良かったようなものの、魔術師と魔本も遠慮なしに魔法を撃ち合っていたし、目撃者がいたらとんでもないことになっていたのに違いない。
そして、もしもグリセルダが操られていて、自分たちと敵対することになったとしたら。アレイレルはやれやれと頭を振った。
「あの巨体を相手にするのは骨が折れるだろう」
「そうだな。文字通り骨が折れるかもしれん」
「おいおい、嘘だろ……」
何とはなしに言った言葉がまさか真顔で受け止められるとは!
アレイレルは呻いた。
「それで、どうするつもりなんだい、君たち」
「……そうだな」
ハールの問いかけに、ジェレミアは目を伏せた。
「居場所はわかっている。追いかけなくてはならない。宝珠の暴走か、姉は意識がないのか記憶がないのか、僕たちのことがまるでわからないようだった」
からん、と氷の崩れる音がやけに大きく聞こえた。
「突然のことだった。さっきまで笑っていたと思ったのに、急に会話が止まったんだ。どうしたのかと振り向いてみれば、姉の目は薄い水色の光に染まっていた。制止する間もなく、空に浮き上がって飛んでいってしまった」
「……お前ら、見たか?」
「さぁ? 俺は見てない」
「いやいや、そんなことがあったらさすがに大騒ぎになるでしょ」
口々に否定的な意見を述べる地球人たちに、それまでずっと無言を貫いていたフレデリックがわざとらしいため息と共に冷淡な声で言葉を吐き出した。
「そんなもの、ジェレミアが咄嗟に、一般人の目耳から真実を覆い隠す隠形の術を張ったに決まっているだろう。これだから術を使えない者はまったく……!」
「フレデリック!」
「いいや、言わせてもらうぞジェレミア! いいか、貴方たちがどう考えているか知らないが、ジェレミアは最悪の場合、相手が自分の姉だろうが殺してでも止めるつもりなんだ。この世界の者たちに迷惑がかからないようにな!」
誰かが息を呑む音が聞こえた。
ピリピリと張り詰める空気の中、ディールは静かに、「表に出ろ」とだけ言った。しかし、フレデリックはそれを鼻で笑い飛ばした。
「フレデリック・ガルム! 君ってやつは……! すまない、ディール。ハールも、アレイレルも……彼には後でよく言って聞かせるから」
「ジェレミア! どうしてわざわざ君が頭を下げるんだ。私はこんな連中、最初から気に食わなかったんだ……!」
「じゃあ、なおさら外に出ろ。ここじゃ迷惑になるからな」
ディールは冷たく言い放った。




