第13話.舞洲走行会
「へぇっくしょい!」
「姉さん、風邪?」
「いや、んなことねぇハズだけど……」
グリセルダは頭を振ると、歩みを再開した。人は多いが、大柄でしかも外国人であるグリセルダの周囲は自然と空間が開く。彼女はずんずんと進んで、エントリーを済ませたばかりのディールたちのもとへとやって来た。
そこにいたのは彼ら3人だけではなく、グリセルダたちの来訪を知りながらも顔を見せに来なかったグレイル・カルスも一緒だった。
「グレイル! てめぇこの薄情者ぉ、元気だったかぁ!」
「ゲッ、ゴリラ……」
「誰がゴリラだ、変わんねぇなお前は!」
そう言いながらも嬉しそうなグリセルダは、体当りする勢いでグレイルに抱きつきに行って、逆にヘッドロックをかまされていた。
「うがーっ! やめろ~!」
「うるさいな、久しぶりもクソもねえんだよ、暑苦しい!!」
「いいじゃねぇかよ〜! っていうか、夜中に出発して走り通しだったんだろ? 体は大丈夫か? もう無理がきかない歳なンぎゃああーーー!?」
「本当にうるせぇな、このゴリラ女は!」
ふたりの仲睦まじい様子を見ていたジェレミアは声を立てて朗らかに笑ったが、エンジン音のせいである程度は騒々しさもあるとはいえ、車も人もひしめく公衆の面前である。周囲の人間はかなり引け腰だった。当然である。
ヘッドロックにプラスしてこめかみを拳でぐりぐりしていたグレイルだったか、やがて彼女を解放してやった。彼にとっては半年ぶり、そして彼女にとっては…
「2年ぶりに会ったってぇのに、冷たいやつだぜ、グレイルは!」
「はぁ!? 2年? 俺たちが向こうの世界に飛ばされたのは半年くらい前だぞ……」
「多分、時間の流れが違ぇんだな。ともかく、2年の間にゃ色々あったし、こっちの世界に飛ばされてきたときに何年も会ってない弟にも会えたし、お前に話したいことがたくさんあるんだよ、グレイル! せっかくまた会えたんだ、今度はこっちの話に付き合ってもらうぜ!」
バシバシと背中を叩いてくるグリセルダの手を、グレイルは避けて振り払った。
「いってぇなこの野郎! ったく、この馬鹿力が……気安く触るな! というか、弟……弟か。そういえばディールが世話に……弟!? いや、もういい、やめろ。後にしてくれ。今から走るんだから!」
ジェレミアのミニスカ姿に目を剥くグレイル。とびっきりの美女を紹介されたと思ったら、「実は男だ」と言われたら誰でもそうなる。ディールでさえ最初は本物の女性だと思っていたくらいなのだから。
「それじゃ、今から走る奴全員でミーティングがあるから、安全なとこから見ててね」
と、ハールに体よく追い出されたグリセルダとジェレミアは、フレデリックたちが待つ席へと戻って行った。
◆◇◆
走行会は順調に行われた。
一時間の昼休憩を挟んで10時から午後5時まで、グループごとに分かれて存分に走り回ることができた。4人ともそれぞれ思い思いに走り、最後に行われたミニドリコンではハールが9位、アレイレルが13位、グレイルが5位、ディールが7位と言う結果を得た。
「あー、やっぱ関西勢はレベルが高いな」
「だね。ドリフトは西高東低って言われているけどまったくその通りだ」
ディールの言葉に頷くのはハールだ。しかし、数いる参加者の中で彼らもまたかなりの好成績を残したと言えるだろう。十位以内が3人もいるのだから。
「腹減った~」
「じゃあ、とりあえず飯だな」
「賛成」
ひとまず4人は車を置いて、観覧席まで異世界人たちを迎えに行った。走行会は5時にはもう解散なので、それを少し過ぎた今、会場からは段々と人がはけていっている。目立つ風貌の異世界人たちを見つけるのは容易かったが、一番大柄で目立つ赤毛がいない。それにいち早く気づいたのはグレイルだった。
「あれ、あの煩い奴はどこ行ったんだ?」
「えっ。まったくあいつは何でこうすぐ問題を起こすんだ……」
アップガレージでもタイヤを持って帰ろうとしたりとやりたい放題で、ずいぶん疲れさせられたことを思い出し、ディールは嘆息した。
勝手にうろうろしたり、目を離した隙にとんでもないことをしようとしたりしているアイツの姿が見えないとなると、心配よりも先に不安が襲ってくる。
「おい、お前ら。あいつはどこに行ったんだ?」
「グレイル……」
振り向いたサイネールの顔は真っ青だった。限界まで見開かれた目は絶望の色に染まっている。ベンチの間を引っかかりながら、覚束ない足取りでグレイルの側までやってきたサイネールは、今にも泣きそうな表情でグレイルに縋った。
「どうしよう……どうしたらいいんだろう。グリセルダが、いなくなっちゃったんだ!」
「おいおい、落ち着けよ」
グレイルの肩に置かれた手は震えていた。サイネールはうわごとのように「どうしよう」と呟くだけで、彼から詳しい事情は聞けそうにない。グレイルは残りのふたりに目を向けたが、あのゴリラ女の弟であるジェレミアの方は、目を閉じて何事かを思案しているようだ。
見かねたハールが事態をどうにかしようとジェレミアに話しかける。
「ねえ、いったいどういうこと?」
「しっ。今、術で彼の姉上の居場所を探っているところなんだ。話しかけないでやってくれないか」
「そ、そうなんだ」
黒髪の若者が真剣な表情でハールを止める。唇に指を当て、まるで子どもを諭すかのような口ぶりの色男に、怒りよりもまず呆れてしまう。魔術だとか魔法だとか、ハールにはわからない領域のことだ、ここは従っておいたほうが良いだろう。だがその直後、いきなりカッと目を見開いたジェレミアが叫んだ。
「見えた! 向こうの方角だ!」
と、彼が指さしたのは、さらに西の方だった。




