第10話
サエリクスの機転で難を逃れたのだったが、別に何かの意図や作戦があってあのカインズとかいう男にエリーゼ差し出した訳ではなかった。泣く女を上手く宥めるような真似なぞできやしない性質だったので、やってくれると言うのなら彼に任せただけの話だった。
さて、課題は残っている。目当ての宝珠がニセモノだというのなら本物を探さなければならない。
「先に言っておくけど、俺はオーブのことなんてまるでわからねぇからな。そもそも、あれがニセモノだなんてどうしてお前に言い切れるんだ、エリーゼ」
「アタシは、実物を見たことがあるんだよ……」
何かを思い出そうとしているように遠くを見つめて、エリーゼが言う。そして、サエリクスに向き直ったとき、彼女は確信を瞳に宿して断言した。
「あれは、違う。アタシが小さいときガイエンで見た宝珠はこのアウストラルの物じゃなかったけど、同じ焔の宝珠だ。アタシは実際に近くで見て、触った。だから分かるんだ、あんな、オーラを感じないもの、ただのイミテーションだよ!」
「ふぅん……」
あの狡猾そうな男がエリーゼのような、戦闘に秀でているわけでもない人間を補助につけた理由が分かった気がした。エリーゼ自身も宝珠を欲している側の人間だ、もしサエリクスが適当な宝石を奪ってきてそれを宝珠と言い張っても彼女にはそれをニセモノと判断できるし、ニセモノをガイエンに持ち帰るのを拒むだろう。
そしてサエリクスも、宝珠がニセモノだったら帰るに帰れない。エリーゼを殺して逃げるのは容易だが、それはサエリクス自身の首を絞めることになるのだ。
とはいえ……何のヒントもなくなってしまった今、帰る手段を宝珠の奪取だけに拘る理由が薄くなってしまっているのは確かだった。まどろっこしいことは苦手だ、本物がどこにあるかはエリーゼに探してもらう。自分はこのミッションを押しつけられただけなのだから。それがサエリクスの本音だった。
「あれがニセモノなのはわかった。本物の在処の当てはあるのか」
「それは……わかんないよ。大聖堂にあるのがニセモノだったなんて思わなかったもの」
エリーゼが今にもまた泣きそうになりながら、揺れる声で言った。
「もし知っててアタシたちをここへ来させたんだとしたら……!」
「それは、俺たちが囮に使われたってことか?」
エリーゼが歯ぎしりをする。サエリクスも瞬間的にカッときて「あのフードのクソ野郎、骨の二、三本は折ってやらないとなぁ」と拳を打ち合わせたが、すぐに「それはないな」と思い直す。
(確かにここに来るまでに時間がかかっちまったからな。その間に本物とニセモノを入れ替えることは可能だ。けど、んなことする理由がねー。自分で出来ねーから、わざわざ地球から俺を呼び寄せたんだからな)
「ま、その辺りはあのフードの奴を絞め上げるしかねえよ。ナイフで太ももを掻っ捌いてやれば白状するんじゃねえのか?」
「…………。情報を集めよう、それしかない」
「でもよー、下手に嗅ぎ回ればそれこそ目を付けられる気がするぜ。俺たちがニセモノのオーブに気づいてるとバレる方がマズイ」
「ううん、このまま何もせずにいる方が困るよ。だって、アタシにはあの宝珠がないと困るんだ!」
「……俺はこの国どころかこの世界の常識についても知らねぇからな。動きようがないぜ」
サエリクスの任務に直接係わることではないが、外交上その国の情勢や宗教的タブーを知らずに行動することがどんなに危険な行為かは彼も知っていた。だからこそ下手に動きたくなかったのだ。それはガイエンの王都を一歩も出たことがないと言っていた外国人のエリーゼも条件はほぼ同じはずなのだが、サエリクスが代案を持たない以上、彼女を止めることなどできなかった。
「なぁ、仲間に連絡とか取れないのかよ。どう考えたって無理だぜ、この状況」
「……アタシにはそんなもん、持たされてないんだよ。海を越えては戻れないだろうし。進むしかないんだ」
「そうかよ」
「じゃあ、アンタは宿かどこかで待っていて。アタシひとりの方が動きやすいからさ」
「わかった」
エリーゼはそう言い残し、サエリクスに背を向けた。彼女のクセの強い栗色のポニーテールが雑踏に紛れて消えていった。
「さて……どうすっかな」
大聖堂周辺は門前町と言うべき商業施設で賑わっており、何時間でも暇を潰すことができそうだった。だが、サエリクスには手持ちがない。そうなるとどこにも行けないし、体を休めるなら宿に戻るべきだった。
(いっそオーブなんざ無視して、地球に帰る手段を探しに行くべきかぁ?)
今ならそれができる。エリーゼの目が離れた今なら……。
サエリクスとてエリーゼと彼女の妹のことが気にならないわけではない。これまで過ごしてきた中で、エリーゼがそういう嘘をつける女ではないことは何となくわかっている。だからと言って完全に信用しているわけでもない。彼女はフードの男がサエリクスにつけた見張り役であり、宝珠の奪取の他にどんな命令を受けているか分からないのだ。
「今しかない、か……」
サエリクスは頭の中にこのアウストラルという国の地図を思い浮かべた。辿ってきた道はこの島国の左寄りの真ん中から、左上端まで。
来た道を戻るのは悪手だ、逃げ場がない。
ならばここから下へ下へ、森林部を抜けて行こうと思った。
直感だった。
だが、林を抜けていく道なら身を隠せるし、何より下からも王都へのルートがあると小耳に挟んでいたこともある。森林と言ったって町がないわけじゃない、なかなか妙案だ。そうと決まれば、エリーゼが探しに来る前に少しでも距離を稼いでおきたかった。




