第7話.パーツショップにて
ディールは四人を連れて、昨夜と同じガレージに来ていた。必要なくなった部品を売り払いに行くのだ。クルマ関係の知人ふたりが積み込み作業を手伝ってくれる予定だったのだが、何かのトラブルか、ふたりとも来なかった。
「仕方がない。手伝え、お前ら」
「わかった!」
「よし、力仕事は任せろ!」
グリセルダの怪力で歪んだりしないよう、持ち方をレクチャーしつつ、様々な中古パーツを愛車のトランクに詰め込んでいくディール。四人を乗せて練馬まで車を走らせ、無事にアップガレージに着いた。
「ここでは余計なトラブルは起こすんじゃないぞ」
と、言っているそばから、売り物のマフラーをべたべたと触り始めるゴリラ。とりあえず耳を思いっきりひねり上げて、たんこぶができるほどの拳骨をかましておく。
「いってぇぇぇぇぇ! あにすんだコノヤロー!」
「おいそこの新人、ちゃんとこいつ見張ってろ」
「えっ、なぜ私が……」
「おめーもこいつの知り合いだろうが。だからやれ。それくらいしろ」
「えええ……」
端正な顔を歪めるフレデリックに命令し、ディールは買取カウンターへ。しかし、店員に手伝って貰ってパーツを運んでいる間にも、あの四人の動向が気になってしょうがないので、近くで手伝わせることにしたのだが……。
戦闘狂はサンプルのナビゲーションに興味津々だし、眼鏡はオーディオシステムに興味津々だ。黒髪が芳香剤の匂いにやられて蹲っている間にゴリラがタイヤを転がして遊ぼうとするので、とりあえず二人とも追い出した。
「ゴリラ、お前いい加減にしないと、そこの幟で喉突いて気絶させるぞ」
「おっ、やるか? そういえばお前とは戦ってなかったもんな、ディール。私は棒術が得意なんだぜ、知ってたか?」
「だーっ、もう! 面倒見てろって言っただろ、新人!」
「そんなこと言われても……!」
ディールは今にも暴れだしそうなゴリラをフレデリックに押し付けて店内に戻った。何とかかんとか、やっとのことでパーツを査定してもらい、買い取り額に納得したディールは現金を受け取って他の四人を伴って店を出る。
「それ持ってくるんじゃねーよ」
ゴリラがスポーツタイヤを持って帰ろうとしたので、コブラツイストをかけておくのを忘れずに。店の外に出ると見慣れた車がニ台、駐車場に止まっているのが見えた。それはハールのUCF30セルシオと、アレイレルのUZZ40ソアラだった。
「おーい、ディール!」
「ちょうど良かった、パーツを売りに来たんだろ?」
「いや、もう終わったよ……こいつらに手伝って貰った。ってか来るの遅くね?」
車から降りてきたのは、背の高い銀髪の男と、さらに長身の男だった。銀髪の方はアレイレル・エストイクス。エスクリマの達人で、今はクラブを経営しているが元レーサーだ。端正な顔立ちに似合わずかなりストイックな男で、どんな時にも沈着冷静、鋼のような心を持つと評されている。
その相棒とでも言うべきハール・ドレンジーも元レーサーで、酒屋の経営者だ。主に飲食店に酒類を卸している。189cmという高身長から繰り出されるテコンドーの技の数々は迫力満点だ。性格はいたって優しく誠実で、むしろ優しすぎるという欠点を持つハールであるが、やる時はやる男である。
二人ともディールやグレイルと同じくクルマを愛し、また格闘技に親しんでいる。それだけではなく、彼らもまた、かつて異世界トリップに巻き込まれたという特異な経験を持っているのだ。彼らが長年の親交を変わらず温めてこられたのも、そういう共通点があってこそかもしれない。
「すまん、事故の渋滞に巻き込まれてた」
「僕はガソリンスタンドでハイオクとレギュラー入れ間違えられちゃって……」
「ほう。それは災難だったな」
「ハールがいるから大丈夫かと思ったんだが」
「いや~、まさかアレイレルまで遅れてるとは思わなくって」
ハールは後ろ頭を掻いてそう言うと、「そういえば」と切り出した。
「もしかして、そこの四人ってディールの連れだったりする? 親類でも訪ねて来たの?」
「いや……」
否定しようとしたディールだったが、フッとある考えが頭に浮かんだ。
(こいつらにも協力してもらうか……)
「二人とも、明日の走行会には出るんだったよな」
「え、うん」
「そうだ」
「じゃあ、ちょうどいい。こいつらも走行会に連れて行くんだが、俺ひとりだと体がもたない。ちょっと引き受けてくれ」
グレイルの提案にアレイレルとハールは戸惑いの表情を浮かべた。いきなり自分の子どもほどの若者を「面倒見ろ」と言われても困る。しかし、ディールはダメ押しで言葉を続ける。
「こいつら、異世界から来たんだ。野放しにするととんでもないことになるかもしれん。特にあのゴリラは問題児だ」
「おい、聞こえてるぞ、ディール!」
吠えるグリセルダ。
とにかく店の前で立ち話も良くないので、七人はそろそろ昼飯時ということもあり三台に分かれて移動することにした。組み分けを考えていると、グリセルダがハールのもとへやってきてにこやかに話しかけてきた。
「アンタ、デカいな。ちょっと私と手合わせしてくれよ!」
ゴキゴキと拳を鳴らし、いつでも戦いの姿勢に移れる様子のグリセルダ。シャツにスラックスという姿だが、まったくお構いなしである。いったい何が彼女をここまで好戦的にさせるのか。ハールは186cmという、自分より少し低い身長で体格の良いグリセルダを見下ろし、尋ねた。
「何で理由も無しに戦わなきゃいけないんだ?」
「理由? 楽しけりゃいいだろ? そういうもんじゃねぇか、手合わせなんざ」
「あっ、僕も戦いたいぞ! 次に手合わせしてくれ!」
なぜかもうひとりの赤毛の女の子も手合わせ希望だと詰め寄ってくる。どうやらあっちにもこっちにも戦闘狂がいるらしい。ハールはげんなりした気持ちになった。
「あのね、手合わせする為に生きてる訳じゃないんで」
「そうか……。じゃあ、その気になったらでいい。いつでもかかってこい」
ハールが肩をすくめて断ると、先ほどディールに問題児扱いされたことが堪えたのか、グリセルダは意外なほどアッサリと引き下がった。




