第5話.ヘンタイヤロウ
食事の後、ディールが四人を連れて行ったのは、ただの服屋ではなく二十四時間営業の何でも揃う大型雑貨店だった。ここなら観光客も多いし、彼らのおかしな振る舞いも多少は目立たない。「好きに服を選んでこい」と四人を放牧して、ディールもまた必要なものを買い揃えることにした。
しばらくして、目ぼしい買い物を終わらせたディールは店内を回って四人を探すことにした。さすがにそろそろ服も決まっただろうと思ったところ、女性服売り場でうんうん唸っているサイネールを見かけた。もしやグリセルダの奴に服を選んでいるのかと思いきや、どうにもサイズが合わなさそうなワンピースの前で悩んでいるようだ。
「サイネール。どう考えてもあのゴリラには入らないぞ、それ」
「あっ、ディール。いや、これは僕のを選んでるんだけど、ちょっと明るすぎる色だったり、装飾があったりして、気に入るのがなくって……」
「いやいや待て待て待て、ここは全部女物だ」
「えっ、そうなの!?」
普段着がローブかチュニックか、という感じのサイネールにとってはこの店の服の中ではこれが一番いつものやつに近かったのかもしれない。ディールの頭を嫌な予感がよぎる。
「まさか……」
「え?」
「いや、とにかく男物の売り場に行くぞ。他の連中も探さねぇと」
その、「他の連中」の服装も面白おかしいことになっているんじゃないかというディールの予想は、半分当たって半分外れていた。それがすぐに分かったのは、ちょっとした騒ぎが起こっていたからで、その中心にいたのはジェレミアだった。
「いって〜〜! 酷いなぁ、腕折れたんじゃねコレ」
「折ってないぞ。ちょっとひねっただけじゃないか」
「まぁまぁ。でもほら、アイツにひどいことしたんだし、お詫びにお酒つきあってよカワイコちゃん」
どうやらナンパしてきた男をひねり上げてしまったようだ。それでさっさと逃げておけばいいのにさらに絡む男たち。意外と短気なジェレミアのこと、外に出て全員投げ飛ばしてしまうかもしれない。ディールは割って入ることにした。
「おい、俺の連れに何か用か」
「ひぇっ」
「デカ……」
ジェレミアを取り囲む若者の群れに、ヌッと顔を出してやるだけで、彼らは口々に謝罪しながら逃げていった。口ほどにもないというか、勢いだけの連中だった。
「ありがとう、ディール。どうしていいものやら分からず助かった」
「適当に追い払え。……その格好はどうした」
「これか? フレデリックが選んでくれたんだ」
ディールは左手で顔を覆い、天井を見上げた。心の中でフレデリックを罵っておく。
「へ、変か?」
似合うか似合わないかで言えば大変似合っていた。ジェレミアの格好は白いニットに深緑のマウンテンパーカー。ここまでは良いのだが、下はジーンズ生地のタイトスカートに若草色のタイツ、ショートブーツだった。
「……なぜスカートなんだ」
「うん? 動きやすい格好が良いと思って、タイツを選んだらそれに合う物を、とフレデリックが持って来てくれたんだ。……ダメだったか?」
「……別のに着替えてこい。服なら他にもいっぱいあるだろ」
「もうタグを切ってもらってしまったんだ」
「……じゃあ、もう、いい」
「そういえばタイツ文化も廃れてない所だった」と納得するディールだった。フレデリックもわざとではなかったのかもしれないと思い直したのだが、後で合流した本人は普通にこじゃれた格好だったし、グリセルダは店員か誰かに見繕ってもらったのか全身キッチリしたスーツ姿だった。サイネールは、どこで見つけてきたか中華風の上下を持っている。シャリシャリした生地で寒いんじゃないかと思ったが、裏地もついていたし問題ないらしい。それでも外は冷えるだろうと、ディールがコートを見繕ってやった。
「あ、そうだ。支払いはこれで頼む」
「たぶん足りるだろ?」とグリセルダが差し出してきたのは、年代物だろう金色のネックレスだった。
「悪いが無理だ。この店じゃ物々交換はしてない。お前らのとこじゃどうか知らないがな」
「私たちの店だって、してないとこはしてないぞ。って、そうじゃない。これを後で金に換えてくれって話だ」
「だが」
「迷惑料だと思ってくれ。いつ帰れるかもわかんねえんだ、もしかしたらずっとディールの世話になるかもしれないだろ?」
「それは勘弁しろ」
思わず本音が漏れるディールだった。
その後マンションへ戻る途中でジェレミアが寝てしまい、仕方がないのでグリセルダに背負わせた。フレデリックは荷物持ちだ。寝る場所でもモメて、結局「他の男のベッドで寝かせたくない」サイネールと「ジェレミアの隣で寝たい」フレデリックの案を飲んで部屋分けが決まった。ディールが自分のベッドで寝て、サイネールが同じ部屋に。残りの三人はリビングだ。
ディールはいつもの時間にシャワーを浴び、遅めの時間の就寝だ。ディールが部屋に戻った時、リビングの三人は寝ていたが、サイネールはまだ起きていた。
「ディール、あの……」
「なんだ」
「ありがとう、僕たちを受け入れてくれて」
「……借りを返しただけだ」
「そうだとしてもだよ。あの、それと、電話だっけ? グレイルとは話してたけど、サエリクスとは話せないのかな」
ディールは遠くイタリアの地にいるサエリクスのことを思った。異世界に飛ばされ、再会し、また日本へ帰ってきた後、三人で観光して以来だ。時差もあり、そうそう連絡を取れるわけではないし、そういう関係でもない。
「アイツはかなり遠くにいるからな」
「そっか……。残念だよ」
「写真でも撮って送るか。手紙書けよ」
「えっ、読めるといいけど……。ダメだったら代筆してくれる?」
「……グレイルに頼め、そういうのは」
「ええっ!?」
そんな他愛もない話をしながら、ホワイトデーの夜は更けていった。




