第10話 お嬢様と文化祭と本番(4)
変わった編成というだけで、ある意味色物枠だったものが、簡単に優勝を取れるはずはない。
でも、まだ、上位なら、まだ可能性がある。
とはいえ……無理なのではという思いもあった。
しかし、ここで俺は気付く。
もし、上位にじゃなければどうなる? 目標を達成できなかったという結果を聞いてからなかったことに、なんて言い出すのは、さすがに虫が良すぎるんじゃないか?
俺はまんまと、日万凛の仕掛けた罠にはまっていたのでは……。
「そして次に人気投票の準優勝は……」
言いかけたところで、日万凛さんはふう、と息をついた。
「よく頑張ったわね。貴方たちのバンドよ」
え? 俺は思わず耳を疑った。
俺たちのバンド?
まさか——俺と朝宮さんの演奏が……?
「実際には、二位タイで、別のバンドと同じ点数だったようだけど。まあいいでしょう。竹居君、それに万莉、よく頑張りました」
「じゃあ……」
「そうね。約束通り、万莉は竹居君の好きにしていいわ」
だから……言い方!
「少なくとも高校卒業までは、こちらの高校に残ることを許可しましょう。また、その先については……いつかお話ししましょう」
「やった!」
俺は、思わず朝宮さんの手を取った。
本日、俺にとって、本当の本番が始まる——。
この街で一番お高いホテルの、お高いレストラン。
俺たちは席に通される。懐石料理が注文されていたらしく、すぐに順番に出されていく豪華な食事を味わっている。
「最初朝宮さんと会ったのは……旧校舎だったっけ?」
「あ、そ、そうですね」
朝宮さんはさすがお嬢様という感じで、食べる姿も美しい。
俺も、幸い和食だったので、あまり焦らずに食べていた。
「あの時のことは、本当に感謝しています」
「いや、俺何もしてないけど……でも、いきなり……その、俺のマウスピースを……」
そこまで言うと、朝宮さんはあの時のことを思い出したらしく顔を赤くして俯いた。耳の先まで真っ赤になっている。
「そ、それは……」
俺がびっくりするくらい恥ずかしがっているので、この話は深掘りしないようにしよう……。
でも、いきなりあんなことがあってから、俺は朝宮さんを強く意識していたのは間違いない。
その後、楽器買い出し旅行に行って一泊することになったり……色々あった。
そういえば、キスもしたっけ。
食事も終わり、デザートが出てくる頃、俺は話を切り出した。
「朝宮さん」
緊張したためか、思いのほか低い声が出た。
それが伝わり、朝宮さんの表情も硬くなる。
「は、はい……」
「朝宮さん……その、今まで一緒に練習頑張ってきて……一緒にいてとても心地よかった。それに、あの悪夢を見たあと、朝宮さんと練習を頑張って確信したことがあるんだ」
「確信、ですか?」
朝宮さんは、ほんの少しだけ期待しているような目で見つめてくる。
「うん。俺は、朝宮さんと一緒にいる時間が好きなんだと思う。昔のことを思い出しても、朝宮さんのことを思えば心が落ち着くし……未来を見ていられる」
「未来……そんな」
朝宮さんの瞳が潤む。
「あっ、大丈夫?」
「はい。あの、竹居君にそんなことを言われて……嬉しくて」
俺は朝宮さんを抱きしめたい衝動に駆られるが、場所が場所だけにぐっと我慢をする。
朝宮さんを正面に見据える。
俺の声が震えている。喉がカラカラだ。
告白なんてこんなに大変なことなんだ……付き合っている奴らは、みんなこれを超えているのか?
俺は、息を大きく吸い込んだ。
そしてゆっくりと静かに、思いを告げる。
「朝宮さんが好きだ。これからも、ずっとそばにいたいと思っている」
「えっ……う……」
朝宮さんは顔を上げ、意を決したように俺を見つめて、言った。
「はい……私も……竹居君のことが……ずっと好きでした。私の方こそ、お願いします」
「うん。これから、よろしくね」
ほっとした瞬間力が抜け、椅子にもたれかかるように背筋を伸ばす。
見ると、朝宮さんの瞳からはらりと涙がこぼれ落ちる。
「嬉しい……こんなに幸せな気持ちになるんですね」
「うん……俺も」
俺たちはふと、外に目をやった。
ガラスの向こうでは街の夜景が煌めいていて、幻想的な雰囲気を作り出していた。
まるで映画のワンシーンみたいだ。
俺はテーブルの上に片手をおずおずと伸ばす。
すると、朝宮さんは何も言わず、手のひらを重ねてくれた。
しっとりとしたそのひらは、少し熱を帯びていた——。
☆☆☆☆☆☆
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劇的な一日が終わって……その翌日。
授業が終わり、俺はいつものように旧校舎に楽器を担いで向かう。すると——。
「竹居君」
俺の隣に朝宮さんがとことことやってきて、楽器を準備を始める。
「今日は休んでも良かったのに。本番の疲れもあるでしょ?」
「もう……休んでいられないですよ。母に、竹居君とのアドリブバトルを見せるためには、時間がいくらあっても足りないんです」
「お、おう」
ただでさえ強い視線を向けられて若干引いている俺だが、なんとか返事をした。
フンスッという感じで、鼻息が荒い朝宮さん。
「あ、あれ……?」
すごい意気込みだったのに、少し力の抜けた声が聞こえる。
「どうしたの?」
「あの、マウスピースだけで音が出なくて……リードがおかしいのでしょうか?」
そう言って朝宮さんは、マウスピースのリードを見つめる。
俺は……ついつい、彼女からマウスピースを奪い、口にくわえた。
ぺー。
やや軽薄とはいえ、芯のある強い音が出る。
「なんの問題もないようだけど?」
「そうですね……その、竹居君、今、間接キスしましたね?」
朝宮さんは、イタズラをした子供のような笑みを浮かべた。
「あ、う、うん」
焦った俺の姿に、朝宮さんは口元を緩めて、クスッと笑った。
俺もつられて、ぷっと吹き出した。
あれから、色んなことがあったけど……朝宮さん、彼女となら俺もまた楽しく楽器をやっていけそうだ。
朝宮さんには才能もある。
その力に、負けないように俺も頑張らないとな。
朝宮さんの、可愛らしい笑顔を見て俺は、そう思強く思うのだった——。
お読みいただき、本当にありがとうございます!
一旦これにて、完結とさせていただきます。
ひょっとしたら、何話か番外編を書くかもしれません。
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