第9話 お嬢様と文化祭と本番(3)
俺と朝宮さんは、いつか来た、地元の一番大きなホテルの最上階に案内された。
やっぱり、ここで朝宮さんのお母さん——朝宮日万凛さんと、約束の話をするのだろう。
あの時、こんな話をした——。
「決められた未来や政略的な結婚なしに生られるように」
「それって勝ち取ってこそ、価値があるものだと思わない?」
「文化祭のバンド演奏に出ることは聞いているんだけど、その人気投票で——それなりの成績を残すってのはどう?」
「自信が無い? これくらいできなくて、自由を勝ち取るなんて甘いとは思わない?」
——お母さんである日万凛さんの指示に従ってきた朝宮さん。
朝宮さんを自由になって欲しくて、この勝負に乗ったワケだけど……もしできなければ……。
今さらながら、俺はとんでもない約束をしてしまったのではないだろうか?
冷や汗がつうっと俺の背中を流れる。
俺と朝宮さんは、前に連れてこられた、スイートルームに通された。
「竹居君、ここは……? 竹居君、何か知ってる?」
朝宮さんが不安げに俺を見上げる。
そうか、夕凪さんは何も言わなかったのか。
「実は……朝宮さんのお母さんと約束をしててね」
朝宮さんの目が点になる。
「えっ、どういうことですかっ!?」
「いやー、なんと言うか、約束というか。勝負をすることになって」
「ええっ? 私の母と勝負?」
朝宮さんは呆然としていた。そりゃそうだ。俺だってこんな展開になるとは思ってもなかったし。
俺は、簡単にかいつまんで説明した。
朝宮さんの自由を勝ち取るために勝負を受けたこと。負けたら、俺はもう朝宮さんに会えなくなること。
「竹居君、そんな……勝手に」
「黙ってたのはごめん。でも、余計なことを考えずに、バンド演奏に集中して欲しくて」
「余計なことですか?」
急に、朝宮さんの声が低くなった。
うん? 確かに黙っていたことは悪かった。でも、それにしては……静かに怒る女の子って怖い。
「う、うん、その、負たら頻繁に会えなくなる。でも俺は朝宮さんのために——」
「会えなくなることが、余計なことですか?」
大事なことのようで、二回言われてしまった。朝宮さんは瞳に涙を溜めている。
その真意を俺はようやく感じとった。
会えなくなることは余計なことじゃないな。正直、とても厳しい条件だと思う。
そうか、あの時は現実感がなくて、あっさり受けてしまったけど、大事なことだった。
俺だけが辛いなら、それでもいいと思っていた。
でも、寂しい思いをするのは、きっと俺だけじゃない。
「ううん。ごめん。余計なことじゃなかった」
「そうですよ。そんな大切なこと……もっと、私を……信じてください。でも、竹居君が一生懸命考えてくれたことなら……」
すると、コンコンッとノックの音が響き、扉が開く。
廊下の方から、着物姿の女性がやってくる。
「あら、お久しぶり、竹居くん。それと、万莉もね」
朝宮さんのお母さんだ。
俺が会ったのは一回だけだが、綺麗な人だ。朝宮さんに当然似ている。
「お、お母様」
「あら、万莉はご機嫌斜めね。竹居君と喧嘩でもしたの?」
「そ、そんなんじゃ……」
「ふうん。まあ良いわ、バンド演奏の投票結果が出たようですし……竹居君、一つ約束していましたね」
「はい。でも、そのことですが——」
俺は、なかったことにして欲しい、と言うつもりだった。
勝手に俺が言ったことで、朝宮さんの許可を得たわけでもない。
「竹居君。あなたが何を言おうとしているのか、なんとなく分かります。でも、結果を聞いてからでも遅くないと思わない?」
「それは……」
「とにかく、まずは結果です。今回の優勝バンドは、残念ながら貴方たちではないわ」
「そう……でしたか……」




