神岩の山
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こー坊は夏がどうして暑いのか、考えたことはあるか?
平たく言うと、太陽がどれだけ当たっているかによる、と考えられておる。すでに知っているかもしれんが、地球は中心の軸がちょこっと傾いておってな。太陽の周りをまわる時、地球の面によっては陽が長くあたり、受ける光にも角度がつく。
中でも、ほぼ陽の光を真上から受け、長く陽が出ている場所ほど暑くなる。それがわしらの認識している「夏」という現象なんじゃな。
じゃが、昔からいずれの季節にも、命を奪いかねない危険が潜んでおる。夏の暑さそのものも牙を剥くのは、こー坊も知っておろう?
この暑さをしのぐ方法、昔から伝わる中には、不可解なものも存在したんじゃ。
どうじゃ? 興味ないか?
むかしむかし。とある村は例年、猛暑が襲い掛かってきておった。
直前に雨期こそあったものの、それすらチャラにしてしまうほど、ぎらぎらと日差しが照り付けてくる。
人はまだ持ちこたえることができたが、問題は作物じゃった。いよいよ生育の集大成を迎えようとする旬の野菜すら、その葉がしなびて地面に這いつくばるかのような姿勢を見せる。完全にへばっている様子じゃった。
このような暑い日じゃと、人々は陽が暮れてから出かける支度を整えたという。目指すのは村の裏手にある、小さな山じゃ。
木がほとんど生えず、岩肌がむき出しになっているその山は、かつての村人たちによって登る道が拓かれている。そこを外れなければ、子供でも登りきれる高さではあったが、頂上にしめ縄を巻かれた、ひとつの岩が据えられていたそうじゃ。
ずっと昔に、ご先祖様たちがふもとから運んだと伝わる、神岩とでも呼ぶべきものじゃったらしい。そこへ村人たちは集い、岩を囲むようにように6つの燭台を用意して、それぞれに火を灯す。そしてそれぞれの火を絶やさぬよう、村人たちが夜を徹して番を行ったらしいんじゃ。
――ん? なんだかお葬式のようだ?
ああ、確かに通夜などでは線香の火を消さないよう、注意をされるな。
説はいろいろあるが、有力なのは線香の煙が死者のご飯になること。消えない火が死者にとっての道しるべになることじゃな。
しかし、実際にその通りなのかはわしも分からん。死んだ人は誰も語ってくれんからな。
こー坊がよければ、わしが死んだ後に教えてやろうか? 夢枕とかに立って。まあ、もし現れんかったなら、そういうものなんだと思ってくれ。
話を戻そうか。
そうして火を絶やさずに朝を迎えることができると、その日は決まって昨日よりも暑さが引いたという。人々は岩へ大いに感謝をささげ、また暑い日に見舞われると岩に頼ったらしいんじゃ。
夜を徹する疲れもある。それも村人総出となると、そうそう続けて行えるものではなかった。代わりに岩は、どのような暑さでも受け入れてくれ、効果は確実に発揮されたという。
やがて迎える秋は過ごしやすい気候であるものの、この地域は冬なら冬で寒さがきつかったらしいな。冬場に外へ出る機会は限られているとはいえ、火種もまた貴重なしろもの。
かつては寒さに関して、ひたすら耐え忍んでいたようじゃがな。あるとき、その辛さに耐えかねて、冬にも儀式を執り行ったことがあったらしい。
神岩は、約束ごとを守る限り、寒さに対してもその力を発揮してくれた。火の番をやり遂げた村人一同は、自分たちを包む空気が、にわかに柔らかなものに変じていくのを感じたという。翌日は、春が一足早くやってきたかのような、過ごしやすい日が訪れたらしいんじゃ。
見返りが約束された人は、よくも悪くも正直になるもんじゃ。
それからは少しでも暑い、寒い日があると、村人たちは神岩にすがるようになった。気乗りしない一部の村人たちも、無理やりに山の上へ連れ出されることも、しばしばだったらしい。
火の番そのものも、成功率10割というわけではなかった。風や地揺れ、それにささいな気のゆるみが、これまでの忍耐をすべて無に帰すこともあったという。特に最後のものともなれば、きつい責めを受けること、はなはだしかったとも。
そうして何代もの時間が過ぎ、この神岩も役目を終えるときがやってきた。
その晩も、日中の暑さに耐えかねた者によって、件の山へ登る報せが村中をめぐったそうじゃ。とある一家は、昼間に暑さでひっくり返ってしまった次男坊を寝かせ、他は村人たちと一緒に山へ登っていったという。
次男の頭痛は、日が沈んでもまだ止まない。枕元へ置いてもらった水差しで、ときどき喉を潤しながら待っていたところ、まだ夜になって間もないのに、早くも涼しい風が家の中へ入り込み出したんじゃ。
おかしい。夜を徹して初めて効果を発揮するのが、神岩のはず。それがこれほど早くにやってくるなど、信じられない。
たまたま風が吹いただけと、思った。じゃが、時を追うごとに風の勢いはじょじょに強くなり、家全体もかすかに横へ揺れ始めたんじゃ。
もしや、と思った時には、すでに遅かった。にわかに強く風が吹き寄せたかと思うと、次男が今まで見ていた天井が、一瞬で空へと変わる。そして音を立てて飛んでいくのは、自分を囲っていた壁だったものたち。
風は家の四方を、半ばからもぎ取り、一瞬にして次男の寝ている場所を、無残なあばら家で変えてしまったわけじゃ。村の残りの家も、8割弱が同じような有様だったとか。
山に登った面々が、村へ戻ってくることはなかった。体調の戻った次男が山へ登ってみたところ、神岩は見る影もなく砕け散っており、地に転がったしめ縄は、雨が降らなかったにもかかわらず異様に湿っていたという。
そしてこの頂にも、自分の家族を含めた村人たちは、ひとりも残っていなかったんじゃ。