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脱走する聖女  作者: 颯
8/81

08

 僕……カイルが執務室で書類を見ていると、騎士が一人、部屋に飛び込んできた。


「殿下!」

「ん?」


 ノックもせずに入って来るとは、よほどの事態が起きたのかな。

 同じ部屋にいたルークと目を見合わせてから、騎士に続きを促す。


「聖女様が脱走なされました!」


 …………。

 ……やっぱりやったか。

 ルークがはぁっと大きなため息をついて頭を抱えている。


「分かった、今行く。彼女の部屋で待っててくれ」

「はっ」


 騎士が出て行くと、思わず笑みがこぼれた。


「殿下……笑い事ではないです。あのアホ妹……」

「いや、ごめんごめん。予想を裏切らない子だなぁと思ってね。前までは人形のようだったけど、今は本当に面白くなった」

「……私は人形とまではいかなくとも、多少落ち着きがあった方が聖女として正しいと思いますが」

「聖女としては、ね。僕の婚約者としては人形だとつまらないから」


 僕のことを楽しませてくれる子の方がいい。

 人形みたいな彼女を、どう変えていこうか計画を立てていたけど、僕が手を加える前に面白くなってしまっ……面白くなってくれた。


 二階の彼女の部屋に行くと、騎士団長を含んだ三人の騎士が待っていた。

 騎士団長以外の二人はたぶん、今日の当番だったんだろう。


「お待ちしておりました、殿下、ルーク様」


 最敬礼で迎えられて、手を振って楽にするよう伝える。


「で? わざわざ窓から脱出できないように部屋を二階に移したのに、彼女はどうやって脱走したのかな?」

「それが……見てもらう方が早いと思います。こちらへ」


 案内されて現場を見て、唖然とした。


 固く結んで繋ぎ合わされたベッドシーツらしきものがベッドの足にくくりつけられていて、窓から垂らされている。


「まさか……これを伝って?」

「はい、そのまさかです」


 ……我慢できなかった。


「ぶはっ。はははははははっ」


 爆笑するしかない。

 筋肉のほとんどついていない聖女が壁を降りるとか!

 落ちたら死ぬかもしれないのに!

 聖女としてどうなんだ? それ以前に令嬢としてどうなんだ?

 見たかった! その瞬間を見たかった!


 アイリス、君はなんて面白い子になったんだろう。

 記憶喪失になった君に一体何があった?


「アイリス……」


 ただルークは足元から崩れ落ちた。

 まぁそうだろうね。大人しかった妹が壁を使って脱走するなんて。


「あのぉ……殿下?」

「ああ、うん?」

「我々はどうしたら……」


 騎士団長の質問に王太子として命令を出す。


「とりあえず三分の一は塔の敷地内を探して。残りの三分の二は町で聞き込み」

「はいっ」


 パタパタと足音をたてて、騎士団が出て行く。


「さて、騎士団に命じたはいいけどアイリスは見つかるかな?」

「見つからなければ大問題です。結界や治癒、浄化が滞ってしまう」

「大丈夫、執念で見つけるから」

「しゅ………はぁ。なんか最近、前よりアイリスを気に入ってませんか? 記憶喪失になってすぐの頃よりもよりいっそう」


 ルークの訝しかげな表情に、笑みを返す。


「あの子がいると、ぐっすり眠れたんだ。この僕が」


 僕は不眠症で、大抵毎日の睡眠時間は三時間以内。

 原因は、王族として、常に危険に晒されてきたから。

 いつ暗殺者が送り込まれてくるか分からない。どれだけ警備が厳重でも安心できない。


 でもアイリスを抱き枕にして眠った時、気が付けば朝がきていた。


 恐らく、いつもの倍は眠っていただろう。


「…………いつの間にアイリスと寝てるんですか」

「あれ、言ってなかったっけ。でも僕が強要したんじゃないからね? 何もなかったし」


 抱き枕は若干強要した気がするけど、最初に寝ていけばと言ったのはアイリスだ。


 …………抱きしめた時のアイリスの顔、可愛かったなぁ。


 あんな面白い婚約者を僕が逃がすわけがない。

 脱走する聖女、必ず君を捕まえてみせよう。


 黒い笑顔を浮かべたカイルを見て、ルークはもう一度深いため息をついた。

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