06
「このバカ妹っ! 部屋を脱走するとか何を考えているっ」
「ひぇっ、ごめんなさぁい」
カイル様の代わりに兄のルーク様にはこってり絞られました。
まさかカイル様が全然わたしを叱らなかったのは、ルーク様が怒鳴るって分かってたから?
お兄様から漂ってくる怒りの冷気がハンパないんだけど!
別にちょーっと外に出ただけなのに…………。
「………お前、反省していないだろう」
「してますとも!」
「………顔に本音が出ている」
「あらら」
全然反省してませーん、だって軟禁とか嫌だもん!
わたしの顔に書かれているらしい。
だって脱走でもしないと、わたしずっと塔に閉じ込められてるだけだよ?
前世じゃ早く死んじゃったから、今度こそ悔いのない人生を送りたい!
「……それで殿下。何故そのようなことに?」
ひとしきり説教を終えたルーク様は、まだお姫様抱っこされているわたしを見て、カイル様に尋ねた。
「ん? アイリスへのお仕置きだよ」
「これがお仕置きですか?」
「羞恥心との闘いですよ、ルーク様」
「真顔で言うことではないだろう、アイリス……」
今だって隙あらば飛び降りようとしてるのに、この人全然放してくれないんだもん!
「ルーク様、どうにかして下さい」
「今更だが、妹のお前に他の令嬢と同じように『ルーク様』と呼ばれるのは他人行儀すぎて違和感があるんだが」
「だって何て呼んでたか覚えてないんだもん」
「もんって……。アイリスは私のことをお兄様と呼んでいた。まぁここ数年は相槌だけで会話していたから呼ばれた記憶はないが」
お兄様であってたのか。でも心の中では引き続きルーク様と呼ばせてもらおう。
アイリスの兄であっても湊月の兄ではないからね。
「というわけでお兄様、殿下を何とかして下さい」
「何がというわけなのか分からないが……殿下、そろそろ仕事に戻らないと。今日中の書類が溜まっていたでしょう」
「仕方ないね。はい、アイリス」
ようやく足が地に着いた。緊張で肩がこったよ。
ふーっと息をついて、そういえばとカイル様に向き直った。
「カイル様、専属侍女のことなんですけど、サリーナから他の子に変えることって可能ですか?」
「聖女様っ?!」
サリーナが悲痛な声で叫んだ。
カイル様は表情を変えない。
……ポーカーフェイスだか何だか分からないけど、誰かが悲しんでいる時に笑ってる人がいるってなんか怖い。
「彼女が何か粗相でもした?」
「いえ、サリーナはすごくいい侍女です。でもサリーナが慕っていたのは記憶を失う前のアイリスでしょう? 確かに聖女ではあるけどもはや別人のようなわたしに仕えるのは、サリーナにとってつらいんじゃないかなーって。一番近くにいる人だから余計にその、なんというか、前との差? を感じて」
というかサリーナ完璧すぎて脱出が大変。
所用で部屋からいなくなった時しかできない。
もうちょっと隙がある侍女さんでいいんだよなー。わたし、自分のことは自分でできるし。
「そんな! 聖女様、いえアイリス様! 私は記憶がなくてもアイリス様にお仕えしたいのです! 前のアイリス様はもちろん素晴らしい方でしたが、今のアイリス様にもまた違った魅力がございます。私は今のアイリス様のお傍にいることができて、幸せなんです!」
お、おぅ、熱烈……。
「う、うん。ごめん」
「じゃあさっきの言葉は撤回でいいね?」
「はい」
まぁ、いいか。わたしもサリーナ好きだし。
「じゃあ僕らは仕事に戻るよ」
「頑張って下さい」
ドアの前でカイル様は一度立ち止まって、振り返った。
「アイリス」
「はい?」
「もう脱走しようなんて考えちゃ駄目だよ?」
「はーい、もちろんでーす」
あ、棒読みになっちゃった。
部屋を出たカイル様とルーク様がこんな会話をしていたのを、わたしは知らない。
「あれはまたやるね」
「やりますね」
「どうしようか。窓から脱出できないように、部屋を二階に移そうか」
「とりあえずはそれでいいと思います」
こうしてわたしの部屋は二階に移動させられた。