05
アイリスは本当にイイコだったようで、護衛兼見張りの騎士は安心しきっていた。
聖女のわたしが脱走するはずがないって。
うん、でもごめん。アイリスはそうだったかもしれないけど、湊月は違うんだ。
ドアの前の廊下で立っているだけの騎士を欺くのは簡単だった。
だって何かあったとバレないように、音をたてなきゃいいだけだからね。
あとは侍女のサリーナが用事で部屋を出て行った時に、窓から脱出するだけ!
楽勝楽勝!
そう調子に乗ったものの………。
「ひっろ………。出口どこ?」
敷地面積が大きすぎて、どこに出口があるか分からない。
ここは…………庭かな?
色とりどりの花が咲き誇っていて、とても綺麗だ。
「アイリスの記憶が戻ればどこに出口があるか分かるのに………」
そんな簡単に記憶が戻るはずがなく。
仕方なく出口を探してウロウロしていると、前方から見たことのある顔が歩いて来た。
げ、あれは、腹黒王子のカイル様!
目が合ったような気がして、冷や汗をかく。
ヤバい。これ脱走がバレたら監禁だよね。
まわれー、右っ。
一目散に駆け出す。
でも逃げたとしても、何がどこにあるかも分からないわたしが、何がどこにあるか熟知しているカイル様に勝てるはずがなかった。
しかも今のわたし、ほとんど筋肉がない。
仕方ないよね、ずっと塔の中にこもってるんだから。
「さて、アイリス?」
すぐにカイル様に追いつかれて、わたしは壁際に追い詰められていた。
「何で部屋にいるはずの君がここにいるのかな?」
「ちょ、ちょっと散歩に…………。この塔の庭なら出てもいいんですよね?」
「そうだね。それで、護衛の騎士は?」
「えっと…………ずっとわたしについていてもらうのは申し訳ないから少し休憩中…………みたいな………」
「君の言葉が本当なら、今日の当番の騎士は職務怠慢でクビだね。さっそく騎士団長に報告して来るよ」
「わたしが悪かったです!」
ヤバい、わたしのせいで関係ない人に被害が及ぶところだった。
カイル様の目が本気っぽくて怖い。
とん、とわたしの顔の横にカイル様の腕が置かれて、それに伴って顔が近付く。
これは…………いわゆる壁ドンと言うやつでは。
初めてされました! この胸のドキドキは、恋!………ではなくて間違いなく恐怖ですね!
あと好みの顔なのでそんなに近付けないで下さい!
「脱走するなんて、アイリスは悪い子だね?」
「も、申し訳ありません………」
「ほら、部屋に戻るよ」
何をされるか怯えていると、カイル様はあっさりとそう言った。
……………え? それだけ?
怒鳴ったり、監禁したりしないの?
絶対もっと怒られると思ったのに。
拍子抜けしつつ、良かったぁと胸を撫で下ろしていると、カイル様の手がわたしの腰に回された。
もう片方の手は、わたしの膝裏に。
「あ、あの、カイル様?」
「暴れないでね?」
何をする気だ?
ふわっという効果音が正しい行動だった。
カイル様はわたしを横抱きした。そう、あの、俗に言うお姫様抱っこである。
ふぉぉぉぉっ!
何ですか? 何ですか? この世界の男性って皆こんな感じ何ですか? スマート過ぎるわっ! わたしをキュン死にさせたいんですか?
「あのっ、おろしてほしいんですけど………」
「何で?」
重いから、という言い訳が最初に出てきたけど、それは言えなかった。
アイリスのこの体型……………重いのかな。
軽そうだよね。胸はあるけど全体的に細いし…………湊月と違って。
自分で言って虚しい…………。
「恥ずかしいので!」
最終的に採用した言い訳はこれだ。
今は周りに人はいないけど、部屋に戻るまでに色んな人に会うと思う。
この格好を見られるのは…………精神的に無理。
「君の罰になるからいいね。それにおろしたら逃げるでしょ?」
こんの腹黒め!
逃げる気なかったよ! 見つかった時点で諦めたよ!
「逃げません!」
「逃げなくても僕が楽しいからこのままで」
「わたしは楽しくなーいっ!」
それを聞いたカイル様は本当に楽しそうに笑みを浮かべた。
腹黒! ドS!
こうしてわたしの一回目の脱走は失敗に終わった。