04
「でも君もそうやって聖女になってからの六年間を過ごして来たんだ。これからも」
カイル様の言葉を聞いた時、わたしが思ったこと。
え、嫌だ。
だってせっかく異世界に転生したのに、塔の中だけで一生を終えるとか冗談じゃない。
見てみたい。体験してみたい。食べ物も服も娯楽も。
日本では死んでしまってできなかったことをしたい。
お酒飲みたいなー。働いてみたいなー。
という訳で、わたしは決意した。
─────脱走しよう。
見張りの目を盗んで、誰にも内緒で、外に行こう。
変装すれば、聖女だってバレない! うん、きっと!
「それに、聖女はここでやることがあるから」
「やること、ですか?」
浄化とか治癒って言われたらどうしよう。
何も覚えてない。
内心、若干慌てるわたしをよそに、カイル様はうんと頷いて、壁際にある本棚を指し示した。本がぎっしり詰まっている。
「読書ですか?」
「読めるかな、これ」
意味深に言われて、ペラペラっとページをめくる。
その文字を見た瞬間、わたしは思わず叫んでいた。
「何で日本語で書かれてるの?!」
前世で使われていた言語。今世で使われているはずがない言語。
日本語で書かれていたのはその本だけじゃなかった。
どの本を開いても、日本語、日本語、日本語!
「やっぱり読めるんだ」
「やっぱりってどういうことですか?」
「その文字は聖女しか読めない文字なんだ。記憶を失っても君の脳に刻み込まれてるんだね」
感心したようにカイル様は言ったけど、わたしの頭はまだ混乱している。
聖女は日本語が読めるって、じゃあ歴代の聖女達は皆、転生者だったの?
それに『アイリス』には『湊月』の記憶はなかったのに日本語が読めたの?
「聖女はその本を読んで、結界の張り方や、治癒、浄化の仕方を学ぶ。アイリス、お前、何も覚えてないのなら、それをもう一度全部読んで頭に叩き込め」
全部覚えろと?!
鬼畜だ、この兄…………。
だって本、二十冊くらいあるじゃないか!
「アイリス、返事は」
「……………」
ルーク様に睨まれたけど、返事したくない。
「アイリス」
「……………」
「ア、イ、リ、ス?」
ひぇ〜、お兄様、怖いです!
リアル氷の貴公子! 後ろにブリザードが見えます!
「ルーク、そんな脅しのように言っては駄目だよ」
優しい声が助け舟を出してくれた。カイル様、大好き!
ゆっくりとカイル様はわたしに近付いて、耳元で囁いた。
「軟禁から監禁に変えてもいいんだよ?」
「喜んで覚えます!」
前言撤回! カイル様の方が怖かった!
「…………アイリスは何でも言うことを聞く大人しい子だったのに何でこんな破天荒な性格に………」
お兄様? 聞こえてますからね?
アイリスがどうだったかは覚えてないけど、湊月はずっとこんな感じだった。湊月の性格がこの世界で受け入れられなくても、変えるつもりは無い。
「記憶がどうであれ、君が聖女であることに変わりはないから。監禁されたくなかったら、しっかり聖女を務めてね」
カイル様の脅し。
わたしは改めて決意した。
─────絶対に脱走してやる!